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Evenly

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電子音楽における自覚と抽象



 私が生まれた1970年代は、“電子音楽”氾濫の時代であったのだろう。広義での電子による音楽――とりわけ「電子による音」は、幼児であった私の聴覚を駆り立てる玩具売り場の一角で、あるいはゲームセンターの中で、ほぼ確実に電子音らしきものとして記憶されていた。
 しかし、それでいて電子音楽とアコースティックなものとを感覚的に隔てるものがないという意味で、無自覚であった。

 電子音楽に対する無自覚。

 ただし、幼児であった私が唯一音に対して隔てたものとは、楽しい快楽的な音と不安を掻き立てる音、恐怖を感じる音とによってであり、前者は紛れもなく自宅のレコード(プレーヤー)であり、後者は部屋に投げ込まれた一個の「笑い袋」であった(当時の「笑い袋」は電子音ではない。が非常に無機質でこの笑い声を私は頗る嫌った)。

 その後、イエロー・マジック・オーケストラが登場しようと、私は無自覚であり続けたが、インベーダーゲームのあのピコピコ音で初めて、電子音楽に対する自覚性が伴った。そうして80年代、ゲームウォッチなどのLSIサウンド、PC-6001における自動演奏デモ(「椰子の実」)に続き、任天堂のファミコンという流れの中で、明らかに電子音楽のけたたましさを自覚したのである。

 さて今、私がTeenage Engineering OP-1を使って「Evenly」を即興で記録した時、ある電子音楽――電子音の総体のようなもの――が脳裏にあった。それは、1955年に黛敏郎氏が作曲した、日本最初の電子音楽とされる「素数の比系列による正弦波の音楽」だ。
 NHK放送技術研究所の協力のもと、正弦波発振器などを用いて電子音を出力し、素数による比率で音程が形成され、それを磁気テープに記録したものと思われる。音楽の概念を広義として拡張し、具象化を図るべく電気的な発振器が用いられた側面と、フーリエ級数の数学理論の実践と実証のための側面とが見受けられるが、音楽としては一般的に理解しづらいものであることは否定できない。

 翻って21世紀の今日。よりいっそう電子音楽は巷に氾濫し溢れかえっている。むしろ現代は電子音楽が人間に進歩的に歩み寄って、目立たぬところで社会的貢献の役割を担っているか、あるいは単純に心地よい響きとなっているか、あるいはまた生活の中で電子音としてなくてはならぬ存在となっているか、いずれにしてもそれらは無自覚なものに近いであろう。

 私が「Evenly」で抽象を表現したのは、自身が原初に抱いた無機質な、不安と恐怖を煽っているような電子音の共鳴である。もしかすると人間に歩み寄っているのはうわべだけであって、その中身はもっとどす黒い、反社会的反人間的なものであるかも知れないのだ。

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