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コラム/
O2R幻影



 1990年代前半、自宅スタジオのMTRは、高校時代にアルバイトをして費用を貯めて買ったTEACの「TASCAM MIDI STUDIO 644」であった。4トラック(カセットテープ式)、16インプット、テープスピード可変、dbxノイズリダクション搭載、3バンドEQ、AUX2系統、エフェクトリターン4系統。当時のカセット4トラック・レコーダーとしては最高峰と言って良い名機で、自主制作の現場にいた私は、このMTRで作品を次々と生み出していった。私にとってはまだまだアナログ全盛の頃であった。

90年代中頃に掲載されたPro Toolsの広告 ラジオドラマの制作ではこれを使って、マルチトラック・レコーディングの真価を発揮した。4トラックでは足りないから、一度2chにトラックダウンし、新たなテープにダビングしておいて、さらに他の2トラックに音を付加させる擬似8トラック・レコーディング。
 もっと基本的な学習を試みていた学校のレコーディングスタジオでは、SSL卓と24トラックのOTARI「MTR 90」を使って壮大なラジオドラマを作る…ことはせず、STUDERで録音した素材テープ数本を切り貼りし、それらを一発録りでミキシングするという職人的技巧を習得している只中であった。磁気テープの臭気が鼻に纏わり付いて離れないほどスプライシングテープを切り貼りしたものだ。

 それはさておき、自宅の「TASCAM MIDI STUDIO 644」は1996年頃から、テープの録音・再生が思わしくなく、ヘッドの消耗が進み、レベル不良、バイアス不良などの症状が出ていた。 

作品を生み出す打ち出の小槌としては、もう限界なのではと悟り、そろそろ新型MTRを導入すべきだということをとうとう決意した。時代はアナログからデジタルへ、テープからハードディスクへと移行しつつあった。問題は現場に見合った適切な機器を選ぶことと資金の調達であった。懐具合を見定めつつ、もう少しスペック的には飛躍させたいという願望があった。4トラックから8トラックへ。結果的には懐具合が思わしくなく、8トラックのハードディスク・レコーディングとは言え、16ビット/44.1kHzという最小限のスペック、2トラック同時録音、エフェクター内蔵と少し物足りないKORG「D8」を購入(価格99,800円)。ハードディスク・レコーディングの学習機といった感じで、ミキシングでのエフェクト処理もしょぼくなり、音のクオリティも今一つであった。

 そんな頃、「サウンド&レコーディング・マガジン」の広告を精読。夢のような機器を目撃して身体を震わせた。MACベースでの「Pro Tools」ソフトウェア、そしてYAMAHAのデジタル・コンソール「O2R」。スタジオ・レコーディングのシステムを根本から揺るがす正真正銘の革命的な機器の登場であったのだ。

Pro Tools IIIとO2Rを3台組み合わせたフルデジシステム ある広告では、「O2R」を3つ連結し、32トラックの「Pro Tools III」でレコーディングするといった時代を先取りする画期的なスタジオが紹介されており、目を疑った。何と言っても「O2R」は1台、60万を超える価格であり、一方の「Pro Tools III」は高品位なセットを揃えるとなると200万を軽く超える代物である(広告を見れば、8ch Systemが50minとあり、その最小限のPro Tools IIIシステムのスペックでも2,705,000円である)。当時のフル・デジタル・レコーディング・システムは、黎明期ということもあってこのような高額な設備投資が必要であった。私はこれを「O2R幻影」と呼んだ。

〈了〉
(2011.07.29)