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コラム/
歌の精髄に耳をこらして



7歳の頃に歌を吹き込んだテープ 私自身が、それ以前の何かを凌駕して、改まって《歌》の虜になったのは、中学生時代に「声」として出合った二人の黒人女性シンガー、Anita BakerとWhitney Houstonのアルバムがきっかけである。端的に、《歌》はこのようでなければならない、という確固たる意志が芽生え、《歌》の練習に明け暮れる日々を過ごした。

 高校時代のある日、Anitaの言葉を見つけて、それを心から目指そうと、自分の日記に彼女の言葉を書き留めた。いま私はこの言葉を、彼女のアルバムのライナーノーツから見つけ出そうとしたのだが、どこにも書かれていなかった。ともかく私はその時、絶対に忘れまいとして日記に書いておいた。

《自分は歌手――どんな歌でも引き受けて歌うことができるという意味、での――ではない。歌というのは自分個人の問題としてとらえられるテーマのもの、つまり自分がその歌の何から何まで理解できるような、自分にぴったり符合したものでなければならない。そしてまた、その歌にはドラマがなくてはならない――悲劇であろうと喜劇であろうと――》

 それを書き留めた12日後、私は、ミュージック・パフォーマンスのコンテスト出場で横浜・本牧のアポロシアターのステージに立った。観客席の眼差しに圧倒され、冷静さを失い緊張しながらも、何とか歌い続けようと努めたが、マイクロフォンの不具合でおよそ歌唱の半分は観客席に届かなかった。頭が真っ白になり、深い挫折感を味わったこの日のことは、私にとって決して遠い昔の話ではなかった。

 ともかくあの日、つまりAnitaの言葉を書き留めた瞬間から、《歌》は私にとって、「自分自身の生き方である」という信念が生まれた。これは一生変わることがないはずである。
 ここに1本のカセットテープがある。7歳の頃に自分の歌声を吹き込んだ、自身の最も古いテープである。そこには童謡や唱歌が吹き込まれている。ここからすべてが始まった。そうした思いがあって、このテープを捨てることができなかった。

 もしかすると、こうしたことを私は忘れていたのかも知れない。忘れかけていたからこそ、ここに記しておこうと思ったのかも知れない。《歌》は「自分自身の生き方である」ということを、いま再び自分自身に向けて、《歌》を見つめ直してみたい。そういう《歌》を、これから本当に歌ってゆきたい。

〈了〉
(2013.07.16)

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