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MIDI STUDIO 644概要

民生用カセットMTRの伝説的名機
 1980年代以降、プロフェッショナル・レコーディングの潮流はアナログからデジタル・レコーディングへと徐々に加速し始め、SONYやMITSUBISHI製のデジタル・レコーダーが特にクラシック業界で活用されていた。
 一方、民生用MTRの需要も徐々にデジタルへと待望されている最中、TASCAMがとんでもないアナログMTRを発売した。「MIDI STUDIO 688」と「MIDI STUDIO 644」である。どちらもカセットテープ式で、前者が8トラック、後者が4トラックのマルチ・トラック・レコーダーだ。
 私が1990年に購入したのは後者の方で、テープ走行の精度など、民生機としては抜群の性能を誇っていた。幅51.6センチ、奥行き40センチ、高さ12センチ、重量は7.2キロとさすがに図体の大きなMTRでもあった。

ミキサー部

機能充実のミキサー部
 MIC TRIM、3band EQ(HIGH/LOWはシェル、MIDは可変のピーキング)、2系統のAUX、独立したDUAL、PAN、FADERを備えた入力チャンネルが8つ。DUAL入力をフルに活用すれば16インとなる仕様。もちろんGROUPアサインも可能でPAミキサーとしても十分使用できる。
 2系統のAUXセンドの返しとなるEFFECT RETURNは4系統あり、外部エフェクトマシンとの親和性が高く、DUALを併用すればモニター系の入出力はまったく不足を感じない。

 こうした入力系統の充実さは、レコーディングにおける作業効率を格段に上げる。あらかじめそれぞれのインに各音源を挿しっぱなしにしておけば、ケーブルの付け外しの手間が省けるのだ。私はラジオドラマの制作で、8つのチャンネルをフルに活用したことがある。単体のミキサーならいざ知らず、当時のMTRのミキサー部として、これほど充実したイン/アウトはなかなか無かったのである。

レコーダー部

ASSIGNプリセット機能と多様なレコーディング機能
 644はdbx NOISE REDUCTION SYSTEM搭載、テープスピードはHIGH/LOWすなわち4.75cm/sec.と9.5cm/sec.をセレクトでき、使用するカセットテープは30分から90分までのハイポジ(CrO2)タイプのみである。テープスピードはVARIに切り替えることで可変となる。ワウフラッターはHIGHで0.04%、LOWで0.06%と非常に優れている。

 ミキサー部で入力したチャンネルやAUXの返し、DUALをそれぞれのGROUP又はトラックにASSIGNするよう登録し、これをシーンとして呼び出すことができる。このシーン機能によって複雑なルーティングも直ぐさま呼び出せるので、異なる作業のセッティングが楽になった。トータル・リコールというわけにはいかないが、シーン機能はミキサー部とレコーダー部を効率良くアダプトする上で画期的な機能であった。また、644は“MIDI STUDIO”の名の通り、MIDIによる同期機能を搭載していた。

 4トラック・マルチ・レコーディングにおける機能としては、カウンターのロケートやメモリー、シャトルダイヤルを駆使してAUTO PANCH IN/OUTが可能。そこそこ精度の高いパンチイン/アウトができた。最も酷使される部分だけに、ボタンも堅牢な造りで、オープンリールを思わせるシャトルダイヤル搭載は、688及び644の白眉と言えるであろう。

バックパネル部

多様な入出力に応えるインターフェース
 入力系はMIC/LINEがフォンで×16、XLR入力×2と合わせて18。さらにINSERTが×8、EFFECT RETURNが×4。出力系はTAPE OUT×4、GROUP OUT×4、AUX OUT×2、DUAL OUTがL/R、MONITOR OUTがL/Rとなっている。その他、同期機能のためのSYNC IN/OUTやMIDI IN/OUT、SERIAL I/Fなどもあり、まったく申し分ない。

 ちなみに、フロントパネル部には、PHONES×2、フットスイッチを利用したPUNCH IN/OUT×1、UP/DOWN×1が用意されていた。

コラム/
音楽と格闘していた20代



90年代半ばまで、自宅スタジオに君臨していた644 1990年、自宅に据え置かれた新品の「TASCAM MIDI STUDIO 644」を使って、個人的に様々な音楽制作を試みたことは言うまでもない。しかし当時はあまり、この機がそれほど《名機》となることを、信じていなかった。
 時代は既にデジタル・レコーディングであった。マイケル・ジャクソンしかり、久保田利伸しかり、Synclavierのような怪物が、もっとコンパクトになって個人所有のものとなる時代が、もうまもなくやってくる気配があった。自宅ではせいぜい8trのオープンリール、いやそれ以下のカセットテープでは4trでデモテープを作るのがやっと、といった空気が漂う中、なんとかかろうじてS/Nの良いレコーダーと出合えた、というぐらいの気持ちしかなかったのだ。

 そうして1993年が過ぎる頃、瞬く間に時代が追いついて、民生用のデジタル・マルチ・トラック・レコーダーがわんさかと市場に溢れ出した。Mac PCを用いれば、デジタルでかなり凄いことができる。もう完全にアナログの時代ではなくなった。ただし、それはあまりにも高価すぎるシステムであった。

 約7年間、使い込んできた644の録再ヘッドは、摩耗を重ねてきたから不具合が生じて、均衡の保たれたステレオサウンドを出せなくなっていた。その頃にはウン万円程度の安価なハード・ディスク式のデジタル・マルチ・トラック・レコーダーが出回り始めていて、そちらに移行するチャンスでもあった。実際、そういうことになった。644はそのウン万円のデジタルMTRの下取りに出された。

 その直後である。新しい8trデジタルMTRを使い始めて、皮肉にもようやく644の凄さ、素晴らしさが分かった。アナログ、デジタル、そんなことは関係ない。素晴らしい4trのレコーダーだったのである。我が儘な使い方で様々な音源を、難なく繋いでくれるミキサーだったのである。クリエイティブな着想を素直に受け止めてくれた、コーディネーターだったのである。

 644を使っていた経験があってこその、今のデジタル・レコーディング。私には、消えてしまったかつての名パートナーに思いを馳せることしかできないのだが、そう、誰もが言うように、「TASCAM MIDI STUDIO 644」は時代の《怪物》だったのだ。


〈了〉
(2013.09.12)