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コラム/
多重録音ということ



 多重録音すなわち「マルチ・トラック・レコーディング」概念への初心に帰るということと、それに関する思い出話。

「かえるの合唱」の輪唱

TASCAM PORTA TWOの広告 私が初めて多重録音を経験したのは、まだ中学生だった1987年頃に購入した、最初のMTR「TASCAM PORTA TWO」でのことだ。6ch INのカセットテープ式4トラック。dbx NR搭載。言わずもがな、カセットテープはハイポジ専用。4つのVUメーターが格好良く、使い易そうなツマミ群とフェーダーがいかにもミキサーといった感じで、雑誌の広告でこの製品を発見してしまい、矢も楯もたまらなくなり、お年玉の貯金と月賦払いで買った。当時7、8万円はしたと思う。

 ところが実際に使ってみるとOUTPUTのS/Nが悪く、音質的にとてもがっかりした。オープンテープ式とかプロの使う機材には到底敵わないのだと。それでも、「4つのトラックにそれぞれ別の音を録ることができる」ということに関しては、ラジカセしか持っていなかった中学生の私には、未知なる体験であったし、音が重なるとはいったいどういうことなのだろう、ということに非常に関心があった。ともかくこれは、ラジオドラマの制作にも使えるんじゃないかと直感した。

 TASCAM PORTA TWOは、ヴォーカルの練習とデモ・テープ作りにたいへん貢献した。最初に試みたのは、友人を呼び出してそのヴォーカルを録った、唱歌「かえるの合唱」である(当時私はそれを「蛙の歌」と言っていて、歌詞も誤って歌っていた)。そう、「かえるのうたが、きこえてくるよ…」を輪唱するあの歌だ。

 独唱多重録音という形式で、1トラック目に1テイク歌ってもらった後、輪唱として2トラック目に小節をずらして同じ旋律を歌ってもらう。それぞれのトラックで録ったテイクをモニターしながら、3トラック目と4トラック目も同じようにして録る。こうして録られた4つのトラックのテイクをすべてモニターすると、言わば独唱4重奏となり、「かえるの合唱」の輪唱が見事に出来上がる。

 「かえるの合唱」の輪唱における多重録音に深い感動を覚えると、音楽というのは複数のパートが重ねられて録られているのだということに気づかされ、レコーディングの原理を面白く思った。そしてミキサーのフェーダーによる音量差でも調子を自在に変えられるし、パンポットのつまみをいじれば、音を左にも右にも振ることができ、好きな場所に音像を作ることができる。自由自在に音をコントロールすれば、想像を超えた音の表現ができるのではないか。TASCAM PORTA TWOは録音+調整のできる魔法の道具だ、と私はすっかり有頂天になった。

多重録音の初心に返る

 今、Pro Toolsのようなものを扱っていると、目の前の現象に慣らされてしまって、まず何より多重録音すなわち「マルチ・トラック・レコーディング」に感動を覚えることが、ない。というかすっかり摩耗してしまっている。音を重ねていくということは、音楽を作る上で極めて高度な技術と自己感性との調和の問題なのだが、そこの部分の感動が薄くなると、音を重ねていくのは当然という安易な発想になり、重ねられた音の意味(強いてはその音楽の意味)についても関心が及ばなくなってしまう。

 例えば私が中学生で経験した、TASCAM PORTA TWOでのカセットテープ式多重録音と、現在のPro Toolsでの多重録音とでは、概念的には同じであっても、その物理的な道筋はまったく別物である。まったく次元の異なったミキサーである。
 それ以外にも、トラック数の制約がなくなったということは、それ自体がもう多重録音として別物であることを示している。20代の頃、私はこの10本の指を駆使して、いったい何トラックのフェーダーをリアルタイムで操作できるであろうかと競ったことは、もはや無駄な世界となってしまったかに見える。

 やがて形を変えるであろう未来の最新式の多重録音を、(未来の私は)その日も繰り返しているにもかかわらず、どうやら無意識の中で音が重なっていくことに気づかず、感動もなく、「耳が音楽を聴いていない」事態になりかねない危うさがそこにあると思われ、私は今のうちに初心に、返る。
 問題は、どう初心に返るかである。拠り所となるのは、あくまで私自身の「手」と「耳」なのだろうが、これから離れて機械が勝手に音楽を自動で作りだしたとしても、それはおそらく音楽ではないと思う。結局は自らの手作業と耳作業の部分をどう残すかなのだ。

〈了〉
(2015.02.18)

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