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エジソン蓄音機の広告!

玉屋支店の蓄音機販売


 明治42年、東京市日本橋区本町の玉屋支店は、岩手県紫波郡徳田村の某氏に一通の書簡を送っている。それがこの「蓄音機輸入御披露」である。

《発明者「エジソン」氏か多年惨憺なる苦心の結果なるか御翫味なし賜はらば幸甚》

 “改良最新形”とされるそのロウ管円筒式蓄音機は、アメリカン・グラフォフォン社製造のもので、1885年以降、ボルタ研究所のチチェスター・ベルとチャールズ・サムナー・テインターが、音質の悪いエジソンのティンフォイル蓄音機を改良開発(アメリカン・グラフォフォン社設立)し、ワックスシリンダーの蓄音機を次々と発表したその後継機にあたるものであろうことが想像される。

 白熱灯などの研究に没頭していたエジソンは、遅れること3年、グラフォフォン社蓄音機と同様のワックスシリンダー蓄音機を開発。2分間の録音・再生を可能にした。 
 エジソンとグラフォフォン社の骨肉の争い――蓄音機にまつわる特許侵害訴訟――はさておき、日本では、発明王エジソンの名のみをことさら強調しつつ、《言語音楽一切の音響》を《数十年の後に至るまで随意に》《発音》する改良最新形の蓄音機として、その氏の《惨憺なる苦心の結果》と印象深く結びつけながら、極めて重要な機械であることを誇張宣伝する。
 謹啓で始まる某氏への案内状を読むと、「理学音楽への応用教科器」として学校へ、そして家庭へは「教育具」として奨めている点が面白い。徳田村の某氏がいかなる人物であったかも興味深いが、こうした舶来の高級品を扱う玉屋支店なる商社もまた、大いに謎めいていて気分がそそられる。まもなく大正の世となる日本において、海外の発明品に対する凄まじいほどの触覚鋭敏な反応ぶりが、この一通の書簡からなんとなく窺い知れるのである。