Oh! Penelope

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2011年2月8日付「Oh! Penelope」より)。

 90年代の半ば。舞台の稽古をしていた最中、ラジオ番組のアシスタントをしていた友人が、二度ばかり、「差し入れ」をしてくれたことがあった。放送で使われたプロモーション用CDをドサッと処分するために。
 普段自分が耳を傾けなかったジャンルのアーティストのCD群。どれでも好きなの持っていっていいよ、という友人の無表情に言い放つ好意に対し、私はなんの遠慮もなく5、6枚あるいはそれ以上のCDを持ち帰った。そんなおいしい《event》が、90年代半ばに二度ばかりあった。
 友人の性格からして、もし私がそのCDを持ち帰っていなかったとしたら、ほぼ確実に、ポリカーボネイト樹脂のそれは廃品として処分されていたに違いなかった。無論、私もそのアーティストの存在を、ほぼ永遠に知ることもなく過ぎ去っていたに違いなかった。
 『Oh! Penelope』。
 MUTSUSHI TSUJI and ZENTARO WATANABE。
 「Petal」「Vertigo High」「Comming Days」「Kind of Funny」「Vibration」の5曲からなるミニアルバム。冒頭でいきなりワウなヴォーカルで始まる「Petal」から「Vibration」までの流れは、一瞬である。そこにはプロ・アーティストの格好良さや洗練されたサウンドがあるわけではない。かつて一世風靡した《リンリン・ランラン》のポップ&ファンクな世界を、外連味のない純真無垢なスタイルに焼き直した――言い換えれば、アグファフィルムの質感を音に再現してしまった――夢現(ゆめうつつ)のサウンドが響き渡る。
 1995年にEpic/Sonyから発売されたこの『Oh! Penelope』は、今となっては稀少盤である。彼ら二人によるOh! Penelopeとしてのメディアへの露出を私は見たことがない。そのせいで私も彼らについてよく知らない。このよく知らないということがかえって旨みを増しているとさえ思われる。
 この二人が形成する《リンリン・ランラン》の世界は、その昔、少女漫画雑誌「りぼん」の“ふろく”に憧れた乙女の心理とは似て非なるもので、ソフトなファンシー文具を掻き集めても決して得ることのない幻のワールドだ。日本でもない、アメリカでも東欧でもないbalmyな世界。こうしてアルバムのフォトグラフィックのもたらすイメージとの比類なき効果によって、彼ら独特のサウンドが耳にこびりつき、散漫とした90年代が過ぎた。
 多少、不適切な表現ではあるが――〈甘いお菓子ほど毒がある〉という言葉を用いて、夢現の『Oh! Penelope』を評したい。

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