【週刊誌『AERA』の1ページを飾った小橋建太】 |
去る6月10日。書店に並んだ週刊誌『AERA』の表紙を飾ったのは、剥き出しの粗いピクセル画の本田圭佑選手で、《本田「世界一」への道》というワードがひっそりと明朝体で加えられていた。
もちろん私が目当てだったのは本田選手ではなく、小橋選手であった。
《レスラー小橋建太25年目の決断
さらば「信頼の男」よ
最もファンを熱狂させたプロレスラーが、引退を決めた。
プロレス界を思えばこそ、25年のレスラー人生に幕を引く》
(『AERA』13.6.17 No.26より引用)
読めば、「プロレス界を思えばこそ」「レスラー人生に幕を引く」にすべてが凝縮されていた。思うに、プロレスラーの引退は、ひどく悲しみに暮れることが多い。
それはそうと、オレンジタイツの頃の小橋建太選手の面影が目に浮かぶ。ムーンサルト、ローリング・クレイドル、プランチャ、ラリアット、ジャーマン、パワーボムなど、どんな技でも器用にこなす。そして相手のどんな大技も受けてきた。鶴田のバックドロップ、三沢のエルボーや場外タイガードライバー、川田のえぐいハイキック、田上の奈落ノド輪、ハンセンのウエスタンラリアット、スティーブ・ウイリアムスの殺人バックドロップ…。小橋の登場でプロレスのスタイルが劇的に変わった。
そんな際どいプロレスを繰り広げた小橋選手の、熱い純朴な心を表現したのが、“青春の握り拳”。
かつて、天龍源一郎や川田利明が倒れた相手の額に蹴りを入れる、大人の暗い攻撃とは真逆の、オレンジの果汁がほとばしるような純朴少年小橋建太のムーンサルトプレス。
あれから25年が経過したとは、うっかりすれば忘れてしまうほどの早い年月である。熟れきったオレンジの果実が、ぽとりと一つ、地面に転げ落ちた。
鍛えた身体と精神で一人と一人が格闘する。組み合う。殴る。蹴る。打つ。投げる。超越した肉体と精神がぶつかり合うからこそ、美が生まれる。決して暴力ではない。
戦後70年近く、日本において野球やサッカー、相撲と同じ市民権を得た《プロレス》というジャンルは、それらプロスポーツとは一線を画したうえで、言わば“格闘エンターテイメント”として確立したかに見えるが、今以て尚、《プロレス》はメジャーに成り得ていない。スポーツ・ショーのオリンピックでレスリングが外されかねない時代である。格闘技への関心は、「心技体」の基本的な人間回帰への糸口であるにもかかわらず、よりいっそう人々から薄れてきているように思われる。
そうだったそうだった。気恥ずかしい、などと言ってられない。
何かに打ち込んで、人生を楽しみたいと自分を鍛えはじめるのなら、こっそりと“青春の握り拳”をつくるべきだ。
いつかきっとみんな、小橋建太になれる。
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