「ぼだい樹」とよい声の出し方

 たびたびこのブログでも古い百科事典『原色学習図解百科』(1968年学研)の第9巻[楽しい音楽と鑑賞]のことを紹介している。

 この第9巻は音楽に特化した巻で、今でも私の手放せないバイブルとなっている。例えば昔あった“てんとう虫”型のコンパクト・レコードプレーヤー(小型スピーカーと一体になっているプレイヤー)があれば、気軽に幼少時代に聴いたレコードを鑑賞するのだが、もし今一度それらを聴いて、記憶の印象とかけ離れていたりすると、案外幻滅したりして困惑すると思うから、そういう取り組みをすぐさま実行するのは、なかなか気が引ける。

 [楽しい音楽と鑑賞]には、付録のEP盤が6枚あったはずである。それほど遠い昔でない頃に、このレコード群のパッケージを家のどこかで見たような気がする。が、今も家にあるのかないのか、探してみなければ分からない。もしあったとしても、相当傷だらけでノイズの多いサウンドのはずだ。
 とどのつまり、この本で解説されていたシューベルトの「ぼだい樹」が、急に聴きたくなったのである。
 レコードでの演奏者などの情報は、今のところEP盤が手元にないから分からない。ただ、このレコードではどんな「ぼだい樹」であったのだろうか。是非探し出して聴いてみたい。
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「よい声の出し方」解説ページ
 ところで、本の中の「ぼだい樹」のページでは、「よい声の出し方」という解説が附されていた。いわゆる歌唱の発声法について書かれていて、そのこととレコードの中の「ぼだい樹」とが、歌唱をキーワードにしてどのようなかたちを示しているのか、非常に興味深い。
 「よい声の出し方」の解説自体は、極めて初歩的で、どの音楽教科書にも必ず付随されているような内容である。だから私自身も少年期の頃は見過ごしてきた。見過ごすというよりも、軽視してきたと言っていい。
 そのページの写真が、古めかしい。
 ボンネルのようなニットのワンピースを着た少女が、テニス・ラケットを振り上げている。その横には、アオウエイの口の開け方がイラストで示されている。昔なら、どこの学校の音楽室にも貼ってあったような学習用の画である。
 ここでは5つの要点というのがあって、「正しいしせい」「よい呼吸」「よい口形」「正しい発音」「共鳴」となっている。読んでみると思いがけず詳しい解説になっていて、実践向きだ。無論これらは基本的な発声法であって、あくまで「声」の出し方であり、「歌」の歌い方ではない。学校では「歌」の歌い方は教わらない。
 シューベルトの歌曲集などというのは、歌うにしても鑑賞するにしても、「歌」の美しさと醍醐味を10代の学生に伝えられる絶好の題材と思われるが、私の体験として、「ぼだい樹」をクローズアップして熱心に説いた先生はいなかった。
 「歌」は、音楽的技巧の上に乗っかる歌詞の読解力と意味性と、その人自身に底流する独特のmoment、そして発声と絡まる情緒の音的質感の発露。喜び。哀しみ。憂い。叫び。祈り――。
 自分自身への啓発として、もうこれらを看過できない。いや、聴き逃すまい。

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