『洋酒天国』と牟田悌三さん

【『洋酒天国』第49号】
 日本の戦後というものは、常に酔いっぱなし、酩酊小国だったのではないかと思うことがある。例え話でもなんでもなく、戦後とにかく《酒》を求めて彷徨い呑み続け、せいぜい悪酒=カストリに出合うのが関の山なのだが、まあまあそんな調子で酔っ払ったまま、酒の本質も味も分からず、どうにかこうにか格好ばかりは一等国の仲間入りを果たした。
 そのうち、悪戦苦闘の末に国産のいい《酒》が生まれてきた。カネも貯まりだした。そうして一丁前に自由だ、民主主義だと叫んでみたものの、ぶっちゃけた話、中身が伴わない、その仕組みすら分からないというのが本音だったのではないか。一旦酔ってしまうと、既に酔い続けているから、美味い酒の分別もつかなくなるのと同じ理屈である。

 “酒浸り”で思い出すのが、歌手の水原弘さん。放蕩三昧で晩年も借金苦と病で身を滅ぼした感が強い。ところが《酒》をテーマにした歌――昭和35年の「恋のカクテル」(永六輔作詩、中村八大作曲)などは、恋に破れた男の酒であるにせよ、どこか品のある可愛らしい酔い口の名曲となっている。水原弘さんの人生そのものが、昭和の戦後の、世の中の酩酊した雰囲気を多分に醸し出しているとさえ思えてならない。
【「今月のカクテル」のページ】
 カクテル。コクテール。毎度お馴染み我が崇拝の域に達した世紀の珍本『洋酒天国』の第49号(洋酒天国社・昭和35年9月発行)では、謎めいたカクテルが紹介されている。「シークレット・ラブ」。
 本文では《なんとも、秘密めかした、妖しい魅力》と称しているが、まさにそんな感じである。そのグラスに注がれたカクテルの見た目は、表面の柔らかな乳白色の色合いより沈殿されたオレンジ色の、なんとも言えない優しさが溶け込んでいて、ワインの赤やウイスキーの琥珀色とは違う大人の艶やかさがある。
 配合はヘルメスノワヨー4分の1、赤玉ホワイトワイン2分の1、トリスミルクオレンジジュース2分の1。ヘルメスノワヨーはヘルメス製のクレーム・ド・ノワヨー(Creme de Noyaux)だと思われるが、いかにもナッツ系の香りがしそうなカクテルである。
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【牟田悌三さんのひょうきんな表情が面白い】
 第49号には、俳優の牟田悌三さんが登場するページがあった。「ある男の話」というタイトルには、「1枚の写真が生んだ2ツのお話」というサブタイトルが附されている。
 写真の牟田悌三さんが扮する役は、左右の2つの話のプロット・カットとなっている。片方は「麻薬売買人」という話、もう一つは「かくされた武器」という話。それぞれの写真には、まったく違ったプロットが当てられており、牟田さんの奇才ぶりと企画の面白さが存分に発揮されたページだ。
 私にとって牟田さんとは、子供の頃に観ていたテレビ・ドラマ“ケンちゃんシリーズ”のお父さん役がいちばん思い出され、何故かそれも怖い父親像が割り込んでしまっている。牟田さんが怖い父親を演じたのは、別のドラマ『3年B組金八先生』(第1シリーズ)であり、子供を身ごもってしまった女子生徒の父親役。これがとても塩っ辛く怖い父親で、その印象があまりに強く、“ケンちゃんシリーズ”での父親もそんなだったのではないかという勝手な偏見が、私の記憶をおかしくしてしまっている。
 テアトル・エコー出身の牟田さんはまったく正反対の温和な人であったが、こんな若い頃の芸達者なイメージを『洋酒天国』の中で目撃するとは、まったく面白い発見である。ちなみに、この写真を撮られたのは、昭和を写した名写真家、田沼武能氏だ。

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