野末陳平『ユーモア・センス入門』の大逆襲

【はい、今回は世界平和の象徴「ピース」のたばこの話です】
 私が勝手に“野末本”と称している、野末陳平著『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』(KKベストセラーズ/初版は昭和43年)を紹介した今年9月の当ブログ「陳平さんのエロい『ユーモア・センス入門』」が、意外にも好評であった。なので、再びこの本の中から第2弾ということで、エロティックで面白いトピックを紹介してみたい。
 ところで個人的に野末氏のことで思い出すのは、前回書いた“プロレス会場”云々以外に、懐かしいラジオ番組がある。私が中学・高校生だった昭和60年(1985年)から平成2年(1990年)頃、平日の朝のラジオ――ニッポン放送『高嶋ひでたけのお早よう! 中年探偵団』という番組の中で、野末氏が出演した際のコーナー――を時折聴いていたのだった(ちなみに同番組の「十朱幸代のいってらっしゃい」は、通学前に確実に聴いていた。十朱さんの最後の「いってらっしゃい!」の声でなぜか元気が出た)。
 ということはその頃、野末氏の筋の通った品格ある声の響きから、教養なり人生訓の影響を、少なからず受けていただろうことは、想像できるのである。
【再び登板。野末陳平著『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』】

アキストゼネコの恋占い

 陳平さんの『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』。通称、“野末本”。この本の第4講「占いの秘法」では、「不思議にあたる恋占いの法」というページがある。ずばり、「アキストゼネコ(あきすとぜねこ)の恋占い」のことである。アキストゼネコと聞いて、懐かしく思い出す人もいるのではないか。ほとんど今では死語に近いこの言葉を、久しぶりに本の中に見つけ、思わず私は「おお、アキストゼネコ!」と口に出してしまった。
 アキストゼネコ!――私が小学生だった頃、クラスメートの誰か(おそらく女子に違いない)がその恋占いをやり始めたのが、最初に知ったきっかけであった。学級の中でたいへんこれが流行り、複数のクラスメートが真似をし始めて、あちらこちらで休み時間に〈誰彼は私をどう想っているかしら?〉――などといった恋の占いの沙汰にはまってしまったのである。思春期に近づく子ども達の異常なまでの“異性への関心度”は、大人が考える以上に過熱しやすい。
 現在において、「アキストゼネコの恋占い」については、Wikipediaが詳しい。占いの仕方はそこに丁寧に記してある。
 つまりこの恋占いは、カップル間の愛情の度合いを占うものなのだ。もともとこの恋占いのルーツは、《ヘブライの数秘術の一つ「ジェムトリカ」》だとも記してあった。「ジェムトリカ」――これは、カバラの「ゲマトリア数秘術」のことだろう。この手のカバラ関連の本が、あのKKベストセラーズのライブラリーの中にあったような気がする(無いかも知れない)。
 それはともかくとして、コックリさん(狐狗狸さん)だとかノストラダムスの大予言的なオカルト系のトピックにめっぽう関心が高かった昭和時代の若者は、口裂け女の存在に震え上がりつつも、 「ゲマトリア数秘術」的な占いを日本人向けに子どもっぽくアレンジした「アキストゼネコの恋占い」にも、ひどく関心があったようである。アキストゼネコ――すなわち「ア」は愛す、「キ」はきらい。「ス」は好き、「ト」は友達。「ゼ」は絶交で、「ネ」は熱烈。そして「コ」は恋人を指していた。
 占い方はしごく簡単である。
 まず、占いたいお互いの名前をひらがなで紙に書く。のずえちんぺい、まゆずみじゅん、というふうに。これに、番号を付けていく。付け方は、五十音のあいうえおで順番に①②③④⑤とし、「あ」だったら①、「い」だったら②、カ行の「く」だったら③、ハ行の「ほ」だったら⑤。それぞれの名前のひらがなに番号を付けていけばいい。「ん」は、①とする。
 そうすると、「のずえちんぺい」の場合は、⑤③④②①④②。「まゆずみじゅん」は、①③③②②③①。その次に、二人の名前に付けられた数字のうち、同じ数字を共に消していくのだ。陳平で残った番号は⑤④④。その数字を足すと合計13。ジュンで残ったのは③③①で、足すと合計7。これらの合計の数を、アキストゼネコにあてはめていく。
 陳平は合計13だから、アキストゼネコの「ア」から数えて13番目(7番目の「コ」からさらに1番目の「ア」に戻って数えていく)。すると、野末氏の方は「ネ」の熱烈を指す。同様にジュンの合計7も順に数えていくと、7番目の「コ」の恋人を指す。
 これで、二人の間柄の占い結果が出たことになる。つまり野末氏は、黛ジュンに対して熱烈に思い、ジュンの方は野末氏を、恋人だと思っている――。どうですか、この恋占いは。よく当たるでしょう?
【「男性自身の性能テスト」。私なりにまとめておきました】

ユゲの道鏡の巨根伝説

 世の淑女たちが占いに凝るのなら、紳士はいったい何に凝るというのか。
 “野末本”の第6講「『密室の戯れ』について」には、「男性自身の性能テスト」というページがあった。これは文字通り、男性ボディのスペックの話であろうか。
 いや、そんなわけはない。文字通りというのは古今東西普遍的な解釈が必要であり、それはものの見事に男性諸君のボディのスペックの話ではない。最近、若者にはこの手の日本語の隠語が、すっかり通用しなくなってきたらしい。例えば、若い男子に「男性自身はお元気でいらっしゃいますか?」と訊ねると、「どこの男性ですか?」と返ってくる。「いや、あなたの男性自身のことです」と言っても、「はあ? 僕は男とは付き合っていません」という会話になる。
 さて、あからさまに表現しておくけれど、“男性自身”とは、すなわち男性であるあなた自身の、男根=「性器(ペニス)」を指している。その隠語である“男性自身”の、性能テストの話を進める前に、偉大なる野末氏は、2つのエピソードを記してくれていた。しかしながらここは、書き始めると長くなってしまうので、片方だけ触れておくことにする。
 《日本歴史上最大の部品の所有者》と称している「ユゲの道鏡」(ゆげのどうきょう)の話である。無知なる私は最初、これを読んだ時、「ユゲの道鏡」とはなんのことか、さっぱり分からなかった。野末氏はこんなエピソード=伝承を書いているのだった。
 ――道鏡が入浴中、美女が通りかかったそうである。するとたちまち、道鏡の“男性自身”が、ムラムラと“燃え上がった”という。そしてその瞬間、湯槽の湯が、ざざざっと外に溢れ出したのだそうだ。溢れた湯の分量だけ、カレのカレが“燃え上がった”計算になる――。
 この世は色即是空だとは言え、このような現象が起こりうるだろうか。
 想像すればするほど、男にとってそれは驚くべき、いや由々しき事態である。そんなことが本当に起こりうるのであれば、身を以て体験してみたいと、男ならみな思うに違いない。ちょっとちょっと、こういっちゃなんだが、カレのカレが“燃え上がった”結果、湯槽の湯がざざざっと「溢れる」なんて、そんな荒唐無稽な夢のような話を、なんで陳平さんはボクたちに読ませるんだよ。俺様のカレがいちばんデカいと思っていたのに…と、ショックを隠せない男性諸君が、たちまちぽつぽつと現れるに違いなかった。いったいぜんたい陳平さんは、なんてことをしてくれたんだと、もはや空前絶後のショックを覚え、昭和の若者達はうろたえたわけである。そのインパクトは、あまりに大きかったのだ。
 肝心なのは、その人物「ユゲの道鏡」のことである。
 むろん、インターネットで検索したら、どんな人物か、おおまかに理解できる。しかしながら私は律儀にも、平凡社の『世界大百科事典』(1966年初版)を開き、調べてみた。
 まずこうある。《奈良時代の僧。俗姓弓削(ゆげ)氏。河内国(大阪府)の人》――。僧侶である。
 次に、こんなことが記されていた。《761年孝謙天皇の病をなおしてからにわかに政界に進出してきた。当時、恵美押勝が光明皇太后の愛顧を得て政権をほしいままにしていたが、760年光明皇太后が死んだのを境として、道鏡が進出したのは、道鏡が孝謙女帝の愛顧を深くうけていたことを示している》
 ここで出てくる恵美押勝とは、藤原仲麻呂のことで、760年にこの人は太政大臣になっている。前後して752年には、東大寺大仏の開眼供養が行われ、翌年に唐から鑑真が日本に来日する。そういう頃の時代である。
 756年には正倉院が始まっている。《道鏡は765年(天平神護1)太政大臣禅師、翌年法王となり月料は供御(くご)に準ぜられるという異常な昇進をし、一族も相ついで官界に進出した》。いわゆるこれは、藤原仲麻呂の乱のあたりの話であろう。律儀なのは私ばかりでなく、仰々しく編纂された『世界大百科事典』も同じで、こんな解説文が的確に添えられていた。《道鏡と女帝との関係は単なる寵(ちょう)臣以上のものがあったようで、ここから道鏡を即位させようとする事態に発展した》――。これがわが国の歴史なのである。魑魅魍魎ということではないにせよ、道鏡はその頃、仏教界を統制し、跋扈していたようだ。

 黒岩重吾の『弓削道鏡』(文春文庫)をちらりと読んでみた。が、どうも道鏡という人物は、青年時代から女人に目がなく、欲情たっぷり、精気とも闊達としていたらしい。こういう場面もある。
 道鏡は袈裟を脱いで全裸になり、井戸の水を浴びた。身体の感覚がなくなるまで、水を浴び続けた。それから乾布摩擦をおこない、肌が熱を帯びてきて、その熱が体内にも伝わってきた。素っ裸の道鏡の“男のもの”は、「環頭(かんとう)の柄(つか)」のようにたくましく股間に勃起していた――。
 環頭とは、刀剣に類する「環頭太刀」のことで、その柄とは、太刀を握る部分のことであろう。それは見事に反り返った、握りっぷりのいい勃起だったということである。さてそれが、道鏡の、隠然たる史実としての“巨根伝説”に係わるエピソードとして十分かどうか、私はまだ詳しく書物文献を読んでいないため、今のところ確信は得られていない。けれども、道鏡の“巨根伝説”は、東国あるいは西国にまで伝わっていたかどうかは知らないまでも、はるかに隠然と、有名な話だったようである。さらに詳しく突っ込んで、例えば坂口安吾の『道鏡』を読めばいいのかどうか、目下、私の中で暗中模索、いや目眩がするほど見当がつかないでいる(というか、できうるならこのままにしておきたい)。

 この本が売られていた昭和40年代から50年代にかけて、少なくとも高校生くらいまでは、「ユゲの道鏡」がどういった人物であったかなど、全く不明だったに違いない。
 “巨根伝説”と聞けば興味がわき、図書館に駆け込んで周辺の歴史と人物事典を調べるか、最たる切り札としては、TBSラジオの「全国こども電話相談室」に電話し、「ユゲのドウキョウって人、誰だかゼンゼン知らないんですけど、ニホン歴史上最大のブヒンを持っていたって、ホントですか?」とずばり訊くしかないであろう。
 いっそのこと、相談室の回答者には、野末氏を特別ゲストに呼んでくれればいい。その方が、手っ取り早い。
 知る人ぞ知る「ユゲの道鏡」が、巨根であったことの因果な瑣事というのは、多かれ少なかれ宮中との縁故が深まり、日本の国家的史実に影響を及ぼしたのだろうから、その意義のスケール感は、単に人物が巨根であった以上に大きい。かれが巨根でなければ、我々が踏み歩いている歴史そのものが、全く別物になっていたに違いないからだ。
 「ユゲの道鏡」は、いにしえの、ある意味において諧謔的人物である。ともあれ、昭和のあの時代に野末氏のこのエピソードを読んだとして、男どもは一気に自己肯定感を喪失し、確固たる機能をも、ふにゃりと喪失したであろう。〈一生に一度くらい、ざぶーんといきたいものだ〉――。あまりに情報が乏しく、漠然としている。おそらく多くの若者の読者は、さらに悶々とし続けただろうと、私は想像して已まない。
【日本専売公社。昭和時代の「ピース」の裏側はこんなさびしいのです】

男性自身の性能テスト

 で、いったい何の話だったかと言えば、そう、ナニの性能テストのことである。諸君の部品が、標準かどうか調べる方法を、野末氏がひっそりと教えて伝授してくれているのであった。
 たばこのピースを用意する。くれぐれも、用意するたばこは、ピースでなければならない。そうでなければ、また自信を喪うとも限らないから。
 ピースの外箱を、ナニにかぶせ、ヘソ下にぐっと力を入れる。勢いよくナニが、ピースの外箱を割ったならば、そのナニは「特大」ということで、黒人並みだそうだ。
 外箱を割れなくても、隙間なく外箱が密着していれば、とりあえず「スタンダードサイズ」ということで、問題ない(どうかこれで満足して安心してくれたまえ?)。ちなみに、最高の状態で、かつ外箱がスカスカであれば、標準より小さいということになる――。これはおそらく、ごく少数の人のことだろう。こんなふうにして《仲間同士で実験してみたまえ》と、野末氏は親切にサジェスチョンしてくれているのであった。
 呆れてものが言えないほど面白いというのは、陳平さんのことを指す。本のイラスト(画像参照)にあるピースの大きさがやけに小さいのが気になり、そもそも私は普段、たばこを吸わないので、ピースの外箱って、どんだけ? と興味をそそられた。そこで、実際にピースの外箱を買ってきて、手に持ってみたわけである。

ピースは世界平和の象徴?

 本来なら、鳩がシンボルマークとなっている10本入りピース(ショートピース)が、スタンダードなのだろう。私が入手した、日本専売公社時代の10本入りピースの外箱には、違う絵柄が描かれていた。それはそうと、この10本入りピースの外箱の正確な寸法は、7.0×4.4×1.2センチであった。確かに、可愛らしいほどに小ぶりで、ポケットに入れやすいサイズである。
野末氏はピースの外箱の大きさを基準に、男性のナニのサイズを測ろうという面白い提案をしたわけだけれど、誤解されないために正しい性の知識を最後に記しておく。
 医学的には、ペニスのサイズに「標準」と言えるような基準値はない。所詮、その国の男性性器の大きさの、平均値を取るのが関の山で、平均値を取ったからといってそれが「標準」ということでもなく、世界全体で男性性器の平均値を取ったところで、それ自体なんの意味もない。
 性科学の分野で、かの有名な奈良林祥先生曰く、ペニスというのは「正常」であればいいのであって、「標準」というのはないのだという。ペニスの大きさや形は、他人と違うのが当たり前なのであって、違うことは何の問題もない。また、セックスの時のペニスの大きさというのも全く気にする必要はなく、大きければ感度(快感の度合い)が大きいというわけではない。いちおう、勃起したペニスの大きさが「5センチ」に満たないものを、「性器短小」とするという。それ以外は単に小ぶりなだけで、「正常」であれば何の問題もないのだと、奈良林先生は著書に書き連ねている。
 とは言え、ピースの外箱を突き破った男――という勲章をぜひとも得たい、というのが、男の悲しい性でもある。子供じみてもいる。尤も、突き破ったからといって、奥さんがそれで満足するとは、誤解しないでもらいたい。そのこととは全く無関係なのだから。
 だが、大きいのを欲するという気持ちは良く分かる。それが男の体内に渦巻いた、根っからの性分なのだから仕方がない。どうか奥様方はそこを理解してあげていただきたい。
 お遊びはお遊びとして、さっそくピースを買ってきて、仲間同士で実験してみるのもいいだろう。無味乾燥な令和の時代には、ちょっとした面白い遊びに違いないのだから。
 こうして今、野末氏の逆襲が始まったのだ。私はさらにこの本『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』を追いかけ続けたいと思う。どうか皆さん、ご静粛に。
 第3弾はこちら

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