※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2011年9月21日付「KOMPLETE 8」より)。
蝉の悲鳴。
茹だる暑さに根負けしそうで、今夏、気が遠くなるような眩暈を幾度か覚えた。あれはいつだったかもう随分昔。自分の鼻歌が妙に頭に残ったまま、それがバックグラウンド・ミュージックとなって、すべてを忘れたいが為の憂いが魂に通じたのか、長い連夜に夢を見た。
ただ誰もいない野道の奥へ入り込んでいって、突然目の前に三角の帽子をかぶったジプシーが現れて、ボクにこう言った。
「雨が降っている日はただひたすら青い空が広がるのを恋い焦がれるように待ち続けるのさ。何日もね。そうなる前の日は、微かな風が吹く。やがて雨脚が弱くなる。朝になって目覚めれば、空は青いのさ。きっと。まるでこれは音楽のようだよ」
ボクは半分眼が覚めた。そうして10年が過ぎた。ふいに、あのジプシーの姿と言葉を思い出した。まるで音楽のよう?
*
美しい音を求めて、随分買い込んでしまったと思った。決してそこに音が在るわけではない。それは幻想だ。そういう気がするだけなのだ。でもやはり、音を奏でる魔法の函だとボクは思った。
右手の力こぶにステッカーをぺたりと貼った。
KOMPLETE 8――。
あの時の眩暈が遙か彼方の過去に遠ざかる。少しばかり甘めの赤葡萄酒を口に含んで、ふーんと唸った。いや、声が漏れた。それだけのことかも知れない。ほら、じんじんとリズムが聞こえてきただろう。もう少し歩いてみよう。もう少し羽ばたいてみよう。鼻歌を歌ってみよう。
ふーん。
今夜も隅々まで深い闇に溶けてゆく気がした。蝉の悲鳴はもう夜空には届かない。
今夜も隅々まで深い闇に溶けてゆく気がした。蝉の悲鳴はもう夜空には届かない。
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