ローソクを食べる

【読み耽った『科学マジック入門』】
 懐かしい小学館の“入門百科シリーズ”で、『科学マジック入門』(岡田康彦著・昭和53年初版)というのがあった。思い出せば、小学生の頃に夢中になって読んだ本である。
 小学2年生の頃だったか、“お楽しみ会”というのがあって、それぞれの班が出し物を考えて、皆に発表する、という学級イベントが流行った。年に数回ほどのイベントであったが、合唱や合奏、あるいはちょっとした漫才を披露したり、なぞなぞの本でクイズをやったりなど、各々の児童がアイデアを出して発表するのだ。担任の先生は一切加わらない。その時、我々の班では手品をやろうということになり、食玩で買ってきた手品を発表したことがある。
 出し物のために買ってきたその食玩(手品シリーズ)は、「指ギロチン」というものだった。
 プラスチック製の高さ10センチほどの小型ギロチンの玩具に、人差し指を入れ、一気にギロチンを落とす…。ところがギロチンが落ちても指がまったく切れない、というスリルある手品だった。数百円でこの手の手品が子どもでも試せたので、手品シリーズの食玩はそこそこ人気があったようだ。
 さて、お楽しみ会でその「指ギロチン」を披露したことはしたが、あまりに好評だったために、種明かしをしろ、といったような野次、いやむしろ怒号に近い声が教室のあちらこちらから湧き上がった(小学生低学年だから仕方がない)。
 演じた本人としてはいったい何故?と思ったが、時既に遅し。出し物「指ギロチン」のパートナーだった友人が、烏合の衆にもみくちゃにされ、玩具「指ギロチン」をも奪われ、あっけなくその手品の種が皆にばれた。
 パートナーの友人はもう泣きじゃくっている。そもそもギロチンとは、フランス革命時代の処刑用の断頭台(Guillotine)であるが、この時友人にとってまさしく民衆に殺されかかったロベスピエールの心境だったかも知れぬ。
*
 そうした“処刑事件”の直後、なんとなく手品の出し物を探すようになった私は、そういったたぐいの本を探し求めた。子ども向けの手品の本はそれこそ数え切れないほどあった。
 そこで私が選んだのが、『科学マジック入門』だった。ただし私は、“科学”の意味が掴めずにその本を買ってしまい、一般的なトランプやダイスなどを使った手品の本かと思いきや、まったくそうではなく、実質的には理科の科学実験を手品風に仕立てた妙著だったので、やたら薬品を使用した手品や手間のかかる細工ものが多く、あまり小学生の低学年向きではなかった。
 しかしながらその実験の数々は驚くようなものばかりで、読み物としては非常に面白かった。
 例えば「悪魔の花」は、悪魔大王の庭園に咲く不気味な花とやらで、白と赤の半々に彩られた喫驚な花を見せるだけの手品なのだが、花片の大きいユリなどの白い花を一輪用意し、茎の部分を半分に割り、片方に真水を与え、もう片方の茎に食紅もしくは赤インクを与えて一晩吸い上げさせ、見た目がなんとも不気味な、悪魔のような花片を作る、といった種。
 他に、「妖怪の霊魂」という手品は、透明な液体で満たされたガラスコップの底に、金色に光った妖怪の霊魂が閉じ込められているというもの。ここに、ある別の液体を少しずつ加えていくと、その霊魂がゆっくりと浮上する…。しかもその霊魂はぞっとするような嫌なにおいがする…。これはもう、ヒマシ油とアンモニア水を使った理科の実験なのである。
 そうした科学マジックに驚かされた初心な小学生の私は、遂に自分でも実践できる出し物を見つけた。
 「ローソクを食べる」。
 ローソクを食べてしまうなんて、恐ろしい手品ではないか。
 テーブルの上の燭台に、火を灯したローソクが一本立っている。これに息を吹きかけて炎を消す。そしてこのローソクをムシャムシャ食べる――。
 種明かしをすれば実に簡単で、ローソクはバナナ。芯の代わりにクルミを用いるだけ。クルミの油で火がつくらしく、まっすぐなバナナを用意してそこに適当な長さに切ったクルミを挿して、そこに火をつければいいのだという。
【「ローソクを食べる」のページ】
 私は実際にバナナとクルミを用意して、そんなふうにローソクを拵えてみたのだが、どう遠めから見ても、バナナにしか見えなかった。
 燭台にぶっささったフィリピン産のバナナ。
 そもそもなかなか厳密に垂直なバナナなど売っておらず、燭台に立てるとどうしてもまっすぐにならないわけで、片方に曲がっているからすぐに分かる。
 もうそれだけで十分バナナだとばれるのだが、何と言ってもバナナは匂いがきつい。これにいくら火をつけたところで、これをローソクだと思う子供は、おそらく一人もいないであろう。やればやるほど、非難囂々、ロベスピエールである。

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