『洋酒天国』と妖艶なるヨーテンスコープ

【『洋酒天国』第36号】
《交換希望鼻毛用ゾリンゲン鋏東宝高級中国製錫白粉入、渋谷区千駄ヶ谷…》
(『洋酒天国』第36号より引用)
 読んで思わず腰が砕けそうになった「洋酒天国三行案内」。こんなものを交換してくれる紳士は絶対にいないと思うが、ゾーリンゲンは確かにいい製品だ。それはさておき、昭和34年5月発行の『洋酒天国』(洋酒天国社)第36号の表紙のメヂカラは、俳優の由利徹さん。
 由利徹さんとは言えば、奇想天外な一発芸を思い出すのだが、私が子供の頃、テレビドラマの「ムー」や「ムー一族」などで俳優としての由利さんの演技に惚れ惚れしたものだ。それはまさしく昭和の、近所のおじさん。それもかなりスケベなおじさんといった印象で、そういったおじさんは大概、近所の主婦からの評判は良くない。由利さんのは、あまり下品過ぎないのがいい。いややっぱり下品か。ともかくそんな役者気質を子供の頃に感じ取ったことがあった。
【モデルは有田ミノルさん】
 話は変わる。
 第36号の編集後記を読んでみると、“別刷付録特大ヌードカレンダー”云々と書いてあった。目次に戻って確認してみれば、確かにこの号には「別刷付録・特大ヌードカレンダー(59下半期)」が付いていたようで、このことにまったく気がつかなかった。残念ながら私がこの号を入手した際にはそれは付いていなかったのだ。もしどこかの古書店でこのカレンダー付きの第36号が眠っているのだとすれば、それはかなり珍品貴重だと思う。
 何かひどく損をした気分になったので、これまた見開き特大の「ヨーテンスコープ」の方を眺めることにした。12番目の「ヨーテンスコープ」のタイトルは“MISS JUNE”。そのモデルは有田ミノルさん。
 “N.M.H.”というのは、日劇ミュージックホールのこと。有田ミノルさんはそこのダンサーであった。いったいどのような演目であったか――彼女のステージはもはや想像する他はない。それにしてもこのヌード・フォトは、妖艶というかMISSの領域を遥かに超えた色気ぶりである。
*
【檀一雄「サントリー禍」】
 最後に“良識ある”紳士譚、檀一雄氏の酒にまつわるエッセイ「サントリー禍」。
 マイアミへ渡航すべく、羽田空港で大量のウイスキーを餞別にもらった檀氏は、そのうちの数本を抱えて飛行機に搭乗した。機内では、案の定美しい女性乗務員の誘いでシャンパンを飲み始め、深夜まで持ち寄ったウイスキーと両飲する羽目となる。
 よたつきながらホノルルに降り立つと、サントリーの瓶を抱えた檀氏は税関に差し止められる。重い荷物を抱えた檀氏は、やれやれといった感じでウイスキーを没収してくれと税関吏に頼むが、向こうは事務所からなかなか出てこない。そしてようやくさっきの税関吏が現れると、こっちへいらっしゃいと事務所に手招きされる。
 没収どころではなかった。4ドル70セントの税金を払え、というのだ。檀氏はしぶしぶ4ドル70セントを支払い、証明書をもらった。サントリーの餞別ウイスキーが檀氏の旅にもたらした招かざる禍。しかしそれは酒浸り紳士の幸福きわまりない禍であったに違いない。

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