ぼうしと洋書の気儘な買い物を

【朝日新聞朝刊5月8日付、サントリーの広告より】
 帽子でおしゃれするという感覚を、身につけていなかった。家族アルバムの中に眠っている自分の幼年期のスナップ写真には、帽子をかぶった姿がいくつかあって、無意識にかぶっていた、かぶらされていたのだと思う。物心ついた頃には、友達に「帽子姿は似合わないね」と言われたのがきっかけで、それから一切、意識して(おしゃれとしての)帽子をかぶらなくなった。
 朝井リョウさんの小説で10代の子らのリアリスティックな会話調を読んだりしていると、彼らの会話の本質はリズムであって、ぽんぽんと飛び出す言葉には特に重要性がないことに気づく。正当とは言えない変化球の強いガサツな若者言葉。街中で若者言葉を耳にすると、地方の方言が加味された思わぬ調子のリズムに聞こえたりもする。
 ともかく彼らの会話の本質はリズムであって、肯定も否定も大した意味はない。――だとすれば私が耳にした小学生だった友達の、「帽子姿は似合わない」なんていう発言は、大した意味なんてなかったのだ、気まぐれでちっとも重要性を孕んでいなかったのだと発見したりして、今更ながら気持ちを変えて、帽子なんかをかぶってみたいな、と自身の新しいおしゃれに目覚めてみたくなってくる。
 横浜の中華街付近で気の利いたハット・ショップがある。開高健氏のようなベレー帽なんてどうだろう、ベレー帽をかぶってみたいな、そんな場所で買い物してみたいな、と気儘な想像を巡らして、眠れぬ夜が去っていく。
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 近頃すっかり渋谷のPARCOのギャラリーなんて足を運んでいないが(旧ギャラリーで自動からくり人形師ムットーニの展示を観たことがある)、地下の洋書店LOGOSでフィリップ・プチ=ルーレ(Philippe Petit-Roulet)氏のイラスト本『SPOTS』なんて入手できないだろうか、と探検的な買い物欲を膨らませている。洋書というのは、ネット通販で簡単に入手できるものと案外入手困難なものとに分かれ、『SPOTS』は今のところ後者にあたる。だから探し甲斐がある。
 先日も朝日新聞の朝刊に、サントリーのモデレーション広告でプチ=ルーレ氏のイラストがあった。
《母の日です。休酒中の妊婦さんにもカーネーションを。》
 プチ=ルーレ氏のイラストは、柳原良平氏のイラストにも共通するユーモアのセンスが抜群で、サントリーの酒の広告の代名詞だと言えよう。特にこのモデレーション広告の“妊婦”シリーズのイラストは私は好きだ。サントリーのモデレーション広告の歴代には面白いのがある。
《未成年は未「性」年。お酒でインポになりやすいとか。》
 未成年でお酒を飲むと、インポテンツになりやすいですよ、というモデレーション。ちょっとショッキングでユーモアもあって、万人の目が止まる。あざとくなく酒の飲み方をそっと教えてくれる広告。これらのモデレーション広告はサントリーのホームページで閲覧可能である。
 おしゃれに目覚めて帽子を買いに横浜へ、なかなか買い求めるのが難しい洋書を探して渋谷へ。本当にすっかり、そんなような気儘な気分の買い物を疎かにしていたかもしれない。ネット通販の影響だろうか。
 そうしてこうしたことからしたたかに、私は音楽への新たな感覚や着想を捻り出そうとしているのだ。

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