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【昔、父が撮影したテレビのこまどり姉妹】 |
そうした屋外での、家族の活劇的な写真群の中に1カットだけ、屋内で撮影され、しかも家族とはまったく無関係な、奇妙な写真があった。被写体はテレビのブラウン管。このテレビは私にとって懐かしいものを感じるが、写っているのはブラウン管だけではない。いや、正確に言えば、そのブラウン管の中の二人の女性が被写体であった。
見るからに双子の姉妹、と分かる女性が手にしているのはマイクロフォン。歌を歌っている様子。よく見ると字幕が出ている。
《たとえ 望みが消えたとて 生命の あかりともしつつ》
誰が見てもその姉妹は、こまどり姉妹である。まてよ、一人の女性が二重露光?…もしかすると、古いテレビだからブラウン管がにじんでる?…いや、やはりこまどり姉妹である。
これは一体何年頃の写真であろうか。
昔、家族の中でカメラを使用していたのは父だけであったから、撮影者は父であり、カメラはOLYMPUSのTRIP 35と分かっている。不思議なのは、ブラウン管を写したのはこの1カットのみということで、他でカメラを使うための試し撮りだったのかと思われるが、それにしても、こまどり姉妹が歌っているその最も美しい瞬間をとらえているかのようで、試し撮りにしては狙いが定まりすぎているように思える。むしろ、試し撮りではなく、明らかにこまどり姉妹を写そうと、必死に構えていたのではないのか。
真っ暗でよく見えないが、ブラウン管の下の方に“Pana Color 20”と見える。 撮影したのはおそらく昭和50年代であり、チャンネルの“12”が点灯していることから、東京12チャンネル(現テレビ東京)の「日曜ビッグスペシャル」あたりの番組だと思う。
その頃は当然、ビデオデッキなどなく、テレビ番組を記録するには、このようにスチルカメラで撮影するか、8ミリフィルムカメラを回すか、テレビの音声出力端子にケーブルをつないでカセットテープに音声を録音するか、しかなかった。
ある種の衝動的に父は、こまどり姉妹を記録したいと思ったのだろう。急いでカメラを手に取り、ぱちりとシャッターを切った。しかしそこからは、衝動的にもっとこまどりを…とはいかなかった。いまでは考えられぬことだが、カメラで写真を撮るというのは、非常に金のかかることであり、高級嗜好のたぐいであった。フィルムをわざわざ買ってきて、撮影が終われば写真店にフィルムを持参し、現像とプリントを依頼しなければならぬ。
衝動的に1カット撮影したものの、これ以上シャッターを切ると高くつく、やめておこうと、我に返った父。
たとえ 望みが消えたとて 生命の あかりともしつつ――。
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