ユリノキ先生

【ユリノキの黄色い花(東博)】
 ユリノキの花片をじっくりと見るのはほとんど初めてである。こんな表情を見せるユリノキの印象は、私の中では今までなかった。
 つい先日、新聞の記事で、水戸市植物公園に咲くユリノキの花のことを知った。学名「Liriodendron tulipifera」の“tulipifera”はチューリップの意で、花がチューリップの形によく似ているのである。黄色い花片の内側にロウソクの炎のような形をした朱色の色合い。
 ちょうど上野の東京国立博物館では特別展『大神社展』が開催中で、それに併せて私は“東博ご本尊”のユリノキの花が咲いているかどうか、確かめることにしたのだった。

 その新聞記事にも少し書かれてあったが、東博のユリノキは、明治初期に日本に伝わった北アメリカ原産のユリノキで、小石川植物園にあるユリノキも同由来の種子から育った樹齢120年を超える巨木。私がもう何年も見続けてきた東博のユリノキについては、その花片の印象が個人的に薄く、冬の枯れたユリノキを私はいつも“毛細血管のよう”と思いつつ、その枝の派生の方が眼に焼き付いてしまっていた(当ブログ「ユリノキ参詣」「ユリノキと土偶」参照のこと)。
 私が20代で写真撮影を始めた頃、ちょうど「欅」(けやき)をテーマにしたアマチュア向けの写真コンテストがあって、近場で何カ所か欅の巨木を探し歩いて銀塩写真を撮ってみたのだが、これがまったくうまくいかなかった。巨木になればなるほど露出と構図が難しく、それ以来、植物を撮るのは苦手、と決め込んでしまったことがある。
【青々とした5月のユリノキ(東博)】
 それからだいぶ月日が流れ、東博に訪れるたび、ユリノキを被写体にして写真を撮り続けているうち、なんとなくその調整のコツが分かってきた。ともあれ、季節毎に表情を変える巨木をとらえるのは今でも難しい。しかしなんとなく、別の親しみを覚えるようになっていった。
〈この大きな木、いったい何の木だろう?〉
〈ユリノキ…〉
 それまで何度も通っていた東博なのに、まるでこの巨木に対して無関心だった自分が、最初に向き合った時の懐かしい思い出。その時からあのユリノキとの対話が始まって、来るたびに挨拶を交わす。そして写真を撮る――。本当にもう何年も過ぎた。
 私にとってもうそれは“ユリノキ先生”なのだが、この巨木にはまだまだ撮り足りない色気がある。人間の命を越えてあの場所に在ることが、何よりも嬉しいことだ。

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