昆虫採集セット

 私が通った小学校の通学圏には、子供相手の駄菓子屋やら雑貨商店が6軒ほど点在していた。駄菓子屋は明らかに駄菓子屋であって分かり易いが、昔風の雑貨商店というのは最近とんと見かけなくなってしまって、若い人には説明しなければいけないかも知れない。
 その頃の雑貨商店は、基本的には児童向けの文房具店であった。学校で必要な筆記用具各種、画工用品、書道用品、模造紙などの小売。今風の便利グッズであるとか個人を飾り立てるようなおしゃれグッズなどは置いてない。これら文房具品に加え、少年少女向けのマガジン誌、テレビ系の週刊誌などの雑誌販売、その他はパン食系、菓子類、ジュースやアイス類の食品を大雑把に販売していた。商店の隣で書道教室、あるいはクリーニング業を兼ねていた店もあった。薄利多売ともいかない。いずれにしてもコンビニエンスストアがなかった頃の話である。
 学校の夏休み期間中ともなると、子供の出入りも増え、これらの商店は繁忙期ではなかったかと思われる。夏になってこうした店に入荷するのが、虫かご、虫網、昆虫採集セットのたぐいであった。
 夏休みの宿題のうち、やはり“自由研究”というのが子供らにとっていちばんのネックであり、何をテーマにして何をするか、毎度頭を悩ませたものだ。
 児童の中には飛び抜けた少年がいて、自分の家の前の道路の交通量を調べた者がいた。車が通過した数と歩行者の数。じいちゃんばあちゃんが歩いた数。それを夏休み期間中ずっと調べて、大きな模造紙にグラフを記したのである。理科の範疇を超えて社会学、文化人類学的な見地で調べ上げ、やはり飛び抜けた秀才だと感心した。
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【デビカの昆虫採集セット】
 閑話休題。ここに、昭和時代の古い昆虫採集セットの現物がある。DBKデビカの学習教材「昆虫採集セット」。中に入っているのは虫メガネ、ピンセット、虫ピン、注射器、液、ネームカード、昆虫採集容器、袋とある。
 私は一度だけ、その“自由研究”で昆虫採集に挑んだことがあった。
 家の前は大きな雑木林で、昆虫などは五万といる。甘いエサを仕掛けてカブトムシやクワガタを捕獲し、この昆虫採集セットで昆虫をいじくった後、カルピス瓶の中元用の箱を利用して、そこに捕獲した昆虫を並べて標本にした。特に昆虫に興味がなかったから、別段その昆虫の名前やら生態やらを細かく調べることはしなかった。ただ殺した昆虫を標本にして学校に提出しただけのことである。道路の交通量を科学的に調べるとまるで次元が違う。やりたくない宿題の片付け仕事であった。
【昆虫採集セットの中身】
 それでもなんとなく、この昆虫採集セットを扱うことは興味津々で、意味もなくカブトムシを虫眼鏡で眺めたりして、その細部の造りにぎょっとしたりして、それなりの楽しさはあった。
 この赤い容器の中身が殺虫液、青い容器が防腐液らしいのだが、まず赤い方を注射器で吸い込み、カブトムシの腹にぶすりと刺して注入。死んだのを見計らって今度は青い防腐液を注射。しかし当時は、どちらが何の液体でどういう順番でやるのか分からずに注射していた。ともかく死んでしまったカブトムシに虫ピンを刺して箱に整理する。いくつかの昆虫をなるべく大小織り交ぜて種類が豊富にあるように見せかけ、適当に標本化した、という具合である。
 ところがどうも、この2種類の液体はインチキだったらしい。封入してあった注意書きを読んでみる。
《成分 ホルマリン 約0.1% 色素 約0.5% 水 約99.4%》
 微量の「ホルマリン」に意味不明な「色素」など、殺虫効果などあるわけがない。単なる水である。
 カブトムシはただ水を注射されて死んだに過ぎない。この微量の「ホルマリン」についても、ホルムアルデヒドの40%の水溶液をさらに水で薄めているのだから、おそらく防腐としての効果はほとんどなかったであろう。子供向けに安全に細工された、玩具だったのである。ただし、注意書きにはこうも記してある。
《注射器は昆虫以外(みずでっぽう)には絶対に使用しないで下さい》
 今はまったく流行らない遊びだが、その“みずでっぽう”に使われないよう、私もこのセットを厳重に保管しておこうと思う。

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