諸井さんの「ピタゴラスの星」

 ひどく眠い目を擦ったが、その新聞の文字に間違いはなかった。
《諸井誠さん死去》

 現代音楽の作曲家、諸井誠さんが今月2日、間質性肺炎で亡くなられた。諸井さんは旧東京音楽学校を卒業後、黛敏郎氏などと《電子音楽》や「ミュージック・コンクレート」の手法で戦後日本の現代音楽を切り開いた先達であり、私自身もまったく偶然であったが、つい先日、実験曲制作の関係で彼が作曲した「7のヴァリエーション」(1956年)をCDで聴いたばかりであった。

 数年前、黛敏郎氏作曲の電子音楽「素数の比系列による正弦波の音楽」(1955年)を調べているうち、諸井さんの名前を知った。彼の電子音楽への関わりについては、川崎弘二著『日本の電子音楽』(愛育社)が詳しい。いたるところに彼の名前が出てくる。

 戦後日本の、そもそもコンピュータなど無かった時代に、NHK電子音楽スタジオの正弦波発振器といった機械を用い、電子的な音列を生成。それを新進のテープレコーダーに記録し、切り貼り加工などを施しながら前衛的な音楽を作曲するという、今日においてはある意味常識となっている手法を最も早く国内で取り入れた人物の一人として、諸井さんの名は知れ渡っている。

 私は、彼が作曲した「ピタゴラスの星」(1959年)が好きなのだが、当時の電子音楽の音が与える《冷たい抽象性》が、人間社会の陰に潜んだ真実に迫っているかのようで、作品としても素晴らしく、歴史的に見ても忘れてはならない作品であると思われる。

 今はただただ、彼の残した曲を聴くばかりである。

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