一蓮托生 SSL4000Eの秘密

❖実習スタジオでSSL卓と出合った

 曲をPro Toolsでミキシングする際、常に念頭に置いて使用しているプラグインが、Waves SSL 4000のCollectionもしくはUADのSSL 4000Eのチャンネル・ストリップである。これは私がミックスを手掛ける時、共にミキシングで悩み、共に感動を覚えて已まないと思える絶大な影響力を秘めた、《一蓮托生》のツールなのである。
【カトリック上野教会の裏手にあった校舎(2002年頃撮影)】
 私が最初にソリッド・ソテート・ロジック社のいわゆるSSL卓に出合ったのは、もうだいぶ昔の1991年。通学していた千代田工科芸術専門学校の実習スタジオだ。今もその当時に書き込んだレコーディング・シート(レコーディング実習の初年度の記録)は、大切な資料として手元に残っている。
 実習スタジオのコンソールはSSL 4040E、マルチはオタリのMTR 90、マスター・レコーダーはスチューダーのA820とソニーのPCM 7030。モニターはレイオーディオで、エフェクターはレキシコンやEMTがあったが、リミッターのUREI 1176が据え置かれていたかどうかはよく憶えていない。少なくとも私はそこでそれを使った経験はない。
 当時おこなった実習の、いくつかレコーディング・シートを振り返ってみる。
 1991年6月23日、第一レコーディング・スタジオ。コンデンサー型マイクロフォンのAKG C414を2本用い、AB方式でアコースティックギターのレコーディング実習。サウンドホールをねらわず、弦上の縁を斜め上からねらうとのメモ。
 7月2日。これもAB方式でショップスのCMC 54Uを2本使用し、ピアノのアナログ録音。マイクの高さ1.8m、ピアノとの距離2m。
 7月9日。弦楽四重奏のアナログ録音。バイオリン、ビオラ、チェロに対し、AKG C414をオフ気味にセッティング。
 7月16日。MS方式による木管五重奏のアナログ録音。フルート、オーボエ、ホルン、ファゴット、クラリネット。使用したマイクロフォンはノイマンのUSM 69i。ここではこのステレオ・マイクのセッティング方法を学ぶのが目的。ファンタム電源からマトリックス・トランスへの接続が要。
 こうした様々な編成楽器(音源)に対するマイクロフォンのセッティングの仕方を学習し、コンソールのオペレーションやマルチ・トラック・レコーダーの扱いをマスターするのが、1学年のレコーディング実習の大まかな内容であった。ちなみに2学年ではミキシングについて学んでいる。

❖プラグインのSSL 4000Eを使い倒す

 長年、私はPro Toolsを使用している。レコーディングからプリ・マスタリングまでの作業をPro Toolsでおこない、ファイル・コンバートはSteinbergのWaveLab Proを使用している。
 プロセスの基礎となるレコーディングにおいては、主にNeveのチャンネル・ストリップのプラグインをインサートすることがほとんどだ。が、ミキシングとなると、SSL 4000Eを使うことが圧倒的に多い。たとえば、Pro Tools上のプロジェクトのミキシング画面を何気に見ると、そのトラックにインサートしてあるのはSSL 4000Eだけ、ということもしばしばである。あまりにもこればかり使うので、もう他はいらないんじゃないのと自分で思うくらい、本当に長い間、SSL 4000Eチャンネル・ストリップを使い倒している。ミキシングの朋友とも言える。
【Waves SSL E-Channelチャンネル・ストリップ】
 むしろ、今頃になってようやく、このプラグインの実際的な真価を理解できるようになった。SSL 4000Eチャンネル・ストリップを使用することは、そのクオリティの信頼性に依るだけでなく、自身の原初のコンソールがこれであったという経験的感覚もあって、ミキシングの本来的な取り組みに素直に集中できる点がメリットとして大きい。
 当然ながら、プラグインの場合、その機能はダイナミクスとEQのコントロールに特化しているため、SSL実機のモジュール上にある、ルーティング・マトリクスやキュー&AUXセンド、グループ・アウトプット、モニター・インプット&スモール・フェーダーは搭載されていない。プラグインでコントロールできるのは、ハイ&ローのフィルター部、EQ部、ダイナミクス部ではゲートとコンプレッサー、それからイン&アウトのレベルだけである。

❖SSL 4000Eのサウンドの旨みの秘密

【UAD SSL 4000Eチャンネル・ストリップ】
 このチャンネル・ストリップをインサートしたままどこもいじらず、ただオーディオ・クリップのサウンドをこれに通す役割だけでもかまわない。実機のアナログ回路のサチュレーション効果が、このプラグインの重要な旨みとなっている。
 たとえば、オーディオ・クリップをノン・インサートあるいはバイパスで出力した時のピュアでクリーンなデジタル・サウンドというのは、ソロなら澄みきった“良いサウンド”に思えることがある。ところが、いくつかのオーディオ・クリップをミックスして試聴した場合、このクリーンなサウンドは二三度聴いただけで飽きてしまうのだ。旨み成分のない=“昆布や鰹節の出汁の無い”味噌汁を飲んだことがある日本人なら、この感覚は分かるだろう。
 今度は、SSL 4000Eチャンネル・ストリップをすべてのオーディオ・クリップにインサートしてみる。すると不思議なことに、インサートしただけで出汁の効果があって、飽きの来ないサウンドに変化するのだ。それぞれのオーディオ・クリップのサウンドが、ローからミッドにかけて滑らかに推移し、適度に位相が滲んで混じり合い、ピーク成分は程よく飽和して、なんとも言えないディテールとなって音楽的なふくよかなサウンドとなる。
 さらにここからダイナミクスとEQを駆使すれば、それ以上の効果があることは言うまでもないだろう。コンプは、1176ほどキャラクターの濃い露骨なサウンドにはならないが、気がつかないナチュラルな趣で十分なコンプレッションが感じられる。それは非常にリッチなサウンドで、かつ能動的。入力信号に対する真摯な態度はなんとも捨てがたい。4バンドのパラメトリックEQは使い慣れるともう手放せなくなる。ミッドを持ち上げた時の、嫌味のない存在感は、さすがSSL 4000Eと唸るほどである。
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 残念ながら、千代田の学校はこの世になく、かつて東京・上野にあった実習スタジオ(学校の校舎は9階建てで、実習スタジオは8階と7階にあった)の面影は、私の古びて淀んだ記憶に残るのみである。SSL 4000Eチャンネル・ストリップが多くのエンジニアに好まれる理由はそれぞれだろう。しかし私自身は、単にサウンドの良さのみならず、こうした学生時代の記憶とも相まって、その見慣れて落ち着いたオペレート・スタイルに精神的な安堵感や安定感を見出しているのは、ユーザーとして決して少数派ではないはずだ。何はともあれ、曲のミキシングに本当に集中できるツールという意味で、私とSSL 4000Eは、やはりこれからもしっかりと共に寄り添う《一蓮托生》の関係なのである。

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