引き出しの中に眠っていた剣道クラブの写真

【所属していた剣道クラブで大会に訪れた際の記念写真】
 “1982年10月11日”は月曜日であった。その古い写真には、撮影した日付が刻印されていた。コンピュータに入力すれば、今は簡単に過去の日付の曜日を割り出してくれる。とどのつまり、前日の10月10日体育の日が日曜日なので、翌日が振替休日であったということである。――その日、つまり36年前の10月11日月曜日。場所は思い出せない。もしかすると茨城県内の、境町の高校か総和町の県立高校(背景の校舎が私の母校の高校によく似ている)あたりではなかったかと思うのだが、ともかくそこでその日、剣道大会が催された。この写真は、その時の記念写真である。
 自宅の、今はすっかり使うことのなくなった古びた木製の鏡台を片付けている際、引き出しの中から、この写真が出てきた――。その日からそう遠くない日に写真が現像され焼き増しされ、皆に配られ、ほんの僅かの時間だけこの写真を見てこの日のことを振り返った後、家族のうちの誰かが鏡台の引き出しにしまったに違いない。
 
 引き出しの中にしまわれたまま、おそらくそれ以降一度も手に取って眺められることもなく、ただただ猛烈な時間が過ぎ、猛烈な年月が経ち、家族は猛烈に歳を取っていった。そしていよいよ鏡台が処分されようとした瞬間、長らく開かずの間であった引き出しの扉がなんの前触れもなく漠然と開かれた。眠っていた36年前の古びた写真は、今ようやく21世紀の空気を吸い、私の眼に触れられた。稀有に生き長らえた写真、ということになる。写真という存在は、いつも惨めでそこはかとない悲しみを背負い、豪放磊落かつ純真な明るさを放ったためしがない。それが写真というものの、暗い宿命なのだ。
 
§
 
 そうして写真を見て、思い出すわけである。1982年――。36年前、小学4年生だった私は、地元の剣道クラブ(誠和剣道クラブ)に所属していて、週に一度道場に通い、剣道に励んでいたのであった(写真では最後方の左から3番目が私)。
 そう、その前――小学1年生から3年生頃まで――は、別の大所帯の少年団で剣道をしていたのだ。そもそも父が、剣道の指導員をしていたので、小学校入学と同時に剣道を習い始めたのである。おそらく小学4年の初め頃、この写真のちっぽけな剣道クラブに、父も私も移籍したのではなかったか。私にとっては、友達が急に変わって非常に辛労な思いをした。
 
 剣道というのは、いくつかの防具を身につけて竹刀を振り回す。だから、とにかく汗を掻く。汗を掻いた後にまた汗を掻く。剣道をやり始めてから、誰しも嫌々ながら付き合い続けることになるのが、大量の汗である。剣道において自分の汗は朋友なのである。
 防具は常に汗臭くなる。きちんと防具を干したり洗ったりしてケアしないと、カビが生えてきてしまう。その時代、ファブリーズなどと気の利いたものなんてない。汗臭さもまた剣道のフェティシズム的魅力なのかも知れぬ。不快をゴクリと飲み込んで受け入れるだけの、心の大きな寛容さが必要なスポーツであることは間違いない。
 剣道は面を被って稽古をしたり試合をしたりする。あれがとても重くて暑苦しい。竹刀で頭を打たれても痛くないような構造になっているわけだが、時たま強烈に打たれて痛いことがある。それもまた剣道のマゾヒズム的な魅力の一つだ。防具である面の正面は鉄製の檻のような構造になっており、それ以外の部分は布製の分厚いマット状の材質で頭をすっぽりと覆う。フェンシングのマスクとは似て非なるものである。
 
【父がかつて持っていたスポーツ指導員認定証】
 あの防具の面がすこぶる暑い。決して息苦しくはないはずだが、視界が狭く頭全体に圧迫感があるので、気分的にやはり息苦しい。稽古の種目のうちでは、“ぶつかり稽古”というのがあって、何往復も竹刀で面を打ったり胴を打ったりを繰り返し、バテバテになるのが常である。バテバテになってもなかなか終わらせてくれないのが“ぶつかり稽古”の本分だ。一応建前としては、この“ぶつかり稽古”をじゅうぶんやって鍛えられていると、試合が楽になると言われているけれど、実感としては稽古も試合も等分にきつい、という記憶しかない。
 とくに真夏の稽古がいかに暑くて汗だくだくの大変なものか、想像していただきたい。全身に汗を掻き、汗のしぶきが床にほとばしる。それは誇張でもなんでもない。裸足で汗を踏んで、滑って転倒する危険もあるのだ。体力をことごとく消耗するのが剣道というスポーツの面目躍如であるから、稽古をしながらほとんどの者が頭の中で、あ、もう今日で辞めよう、と考えている。
 
 それでも、稽古が終わって面を外す時のひんやりとした開放感は、何故か不思議と気持ちいい。性的な快感に近いのではないか。あの頃、道場の外の庭には、冷たい地下水を汲み上げることができる井戸があった。ドカドカと靴をはき出し、騒然となって皆で井戸の冷たい水をガボガボと飲んでから帰宅する。夏はこれがたまらなく気持ち良かったのである。
 この時既に、あ、もう今日で辞めよう、と考えていたことを忘れている。翌週になると、性懲りもなくまた道場にやって来る。ちぇっ、来ちゃったよ、と思いながらも、まったくよくやるね、と自分を褒める。ここで褒めておかないと、ただただ汗を掻いて体力を消耗して辛いだけなのだ。確かに剣道をやっていると、何事にも楽天的で我慢強くなる。堅忍不抜である。それもあの冷たい井戸水のおかげだったか。
 
 写真に写っている子らとは、もはや出会う機会などないだろう。小学校はそれぞれ別であったし、たった2年間という束の間の仲間であったから。父は昨年亡くなったので、ますますその縁は薄まっていく。それでも懐かしさが込み上げてくるのは、この写真のリアリズムに秘められた賑やかな感情の記憶と、彼らがその後どうなっていったかの空想とが相まって、奇妙な連帯感が心に残っているからだろう。いろいろ苦労はあれど、それぞれの人生のうちの汗だくな局面に対する忍耐力だけは、この者達は誰にも負けないはずである。それは私が、よく知っている。
 

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