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【これが幻の「催眠術のカセットテープ」】 |
何もかもが捏造された流行に先導されていく現代の、そのグローバルな社会構造への警句として、カウンター・カルチャーのうねりが、かつてと比べてとても弱いと感じるのは、私だけだろうか。言うなれば、人が自律的に情報のインプットとアウトプットを相互転換していく過程において、「上書き(Overwrite)」する概念があまりにも忘れ去られてしまっているからなのだろう。
これを簡単に説明する例としてあまり相応しいとは思わないが、学校で使う自分の教科書に、誰かが悪戯して何ヵ所も“落書き”されたとしよう。そういう経験を私自身も持っている。その“落書き”の「先生の似顔絵」には、鼻毛が強調されている。そのうち、私の教科書の“落書き”が評判となって、先生は“鼻毛先生”と揶揄されるようになってしまったのだった。
これはいったいどういうことなのか――。つまり、この教科書は、本来の教科書としての役割以外に、特殊な喧伝の媒体効果をもたらしたということである。“落書き”の視覚的効果によって、他者への軽微な(あるいはもっと実害を及ぼす)心理的影響に関与する新たな情報源として「上書き(Overwrite)」された――ことになるのだ。
こういったことの蓄積が《文化》であり、大雑把に述べれば、これが《文化》というものの必然的カオスなのである。現代のデジタル社会の大きな弱みあるいは欠点は、このカオスが非常に乏しいということ。物事を「上書き(Overwrite)」していくエネルギーが減り、単にコピペするだけで押し通す状況が社会的に増えたということだ。2000年代からの近々の20年間は、そういう意味で、まことに“アレンジ力の乏しい”時代であったと私は感じている。
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【少年雑誌などにあったホビー通販広告(めいこう)】 |
「催眠術のカセットテープ」
話は変わる――。私が小学生だった80年代前半、愛読していたコミック月刊誌の広告にあった、ホビー通販(アイデア通販)の商品カタログの中に、眩いばかりのアイテム「催眠術のカセットテープ」があった。私はそれが欲しく欲しくてたまらなかった。
ちなみに当時は、一般の家庭でオンライン・ショッピングなど全く無い時代である(企業間の取引や国鉄の乗車券販売などは別)。当ブログ「『月刊少年チャンピオン』のホビー通販」で紹介した、めいこうの広告を見ると、そのカタログ商品の買い方は、欲しい商品を「紙」に書き、代金は「郵便切手」か「書留」、または「郵便為替」で送る――ということになっている。「電話」での注文もかろうじて可能だったようだ。
「郵便切手」で物を買ったり、「書留」を送ったりもらったりという経験が、おそらく今の若い人には無いだろう。まさに80年代で私が子どもだった頃、こうした通販で物を買う際によく利用していたのが、郵便局で買える「定額小為替」であった。現金をそのまま封筒に入れて郵送することは法律上できないので、「定額小為替」は当時の通販で物を買う際にたいへん便利だったのだ。
また「郵便切手」の場合は、代金によって切手の枚数が増えたりなんなりと煩わしく、「現金書留」の場合は、封をした後に郵便局に持って行き、郵送料金を支払わなければならないのでこれまた面倒である。したがって当時の私は、これらの支払い方法をほとんど利用しなかった。
代金を送った後は、たいがい、商品が届くのに2週間くらいかかった。子どもにとってこの長い“待ち時間”はひどく憂鬱なもので、私自身がまだかまだかと足をバタバタとさせて騒ぐので、毎日家族に煩がられたのを憶えている。
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【広告の中の「催眠術のカセットテープ」】 |
おそるおそるカセットテープを聴いた
そんなこんなでようやく届いた「催眠術のカセットテープ」は、小学生の私にとって宝石か金の延べ棒かのような、そういう高価な物が届いた感覚に近く、通販における現在の価値観とはだいぶ違う――ということをまず踏まえておきたい。こうして届いた「催眠術のカセットテープ」を、その場で開封し、即日にそれを実行したことは言うまでもない。夜な夜な、このカセットテープの音声を、暗がりの中で心して聴いたのだった。
その時のことを思い出してみよう。
部屋を真っ暗にし、スタンドライトを灯した机の上に、封入してあった1枚の「カラーシート」を裏側にして置き、準備は整った。そうしてラジカセのプレイボタンを押す――。
するとしばらくして、奇怪なエレクトロ・ミュージックのような音楽がきこえ(実はシンセサイザーではなくエレクトーンの演奏だった)、そのうちゆっくりと男性講師の、なんとも物憂げな低いトーンの声がきこえてきて、異様な雰囲気に包まれた。講師の「息を吸って、吐いて…」の沈鬱なかぼそい声が何度となく反復され、私は次第にうとうととしてきてしまった。
やがて先生の声の指示で、カラーシートをオモテに返した時、思わずわっと叫びたくなるような、驚きの感覚を体験した――。それはまさに、「催眠・覚醒によるストレス緩和」という催眠法なのであった。〈これが噂の催眠術なのか!〉とひどく感動したのだけれど、あまりにも怖くて、この体験を友達にひけらかした記憶はない。
実践的催眠術の効果
催眠術に対するある種の偏見や誤解というものが、あの頃の私の中にはあった。当時のテレビやラジオ、雑誌などのメディアでは、心霊現象や超能力、UFOやUMAのいわゆるオカルト系の番組やら企画が、それこそ枚挙に暇がないほどあちこち取り上げられていた時代である。子どもがそうしたものに好奇心を抱くのは、しごく当然のことで、そもそも子どもは知識不足に陥りがちであるから、そうしたメディアの影響でオカルト系のトピックと催眠術とを一緒くたにしていた人は、多かったのではないか。現に私がそうした中、興味本位でこの「催眠術のカセットテープ」を買ってしまったことは否定しようがない事実である。
あらためて催眠術とは、《(hypnotism)催眠状態を起こさせる技術、またその研究。凝視法・言語暗示法・単調音傾聴法などがある》と、『広辞苑』に載っている。概ね一般的には、催眠術は心身の不調や不和を解消するために用いる一つの補助的治療手段であり、その実際的な効果は既に知られているとおりである。これ自体、オカルトの世界とは全く関係がなく、あくまで一つの療法なのだ。
「催眠術のカセットテープ」で収録されている催眠法は、「催眠・覚醒によるストレス緩和」(A面)と「催眠自律訓練による心身調整」(B面)の2つであった。前者では、補助的な道具として1枚の「カラーシート」を使用し、後者では、「ペンライト」(小型懐中電灯)を使用して訓練するようになっていた。
今回、催眠術に関して素人の私が調べたところ、こうした催眠法は、言わば基礎中の基礎という位置づけにあって、「催眠術のカセットテープ」の催眠法は、おそらく、初心者が最もその効果を確かめやすいだろう――という観点で採用されたものと考えられる。
実際に小学生だった私が、部屋を暗がりにしてこれを聴いたわけだが、確かに驚くべき心身の反応というものを体験することができた。そうしてこれを聴いた直後、これは心霊現象や超能力とは関係がない、ということに気づくのである。それくらいに分かりやすく、基礎的な催眠法ということなのである。
当時の音声を復刻再現してみた
私の自宅の中で30年以上も保管してきた「催眠術のカセットテープ」を、いまここで復刻再現してみようと思った。
メディア配信の都合もあり、本来は音声のみなのだけれど、あえてビジュアルによる説明を編集上付け加え、動画的扱いに仕立ててみた。したがって、動画としてここに表記されるビジュアル等は、当時のカセットテープのパッケージを単純に物真似したものであるから、オリジナルの制作者の意図とは無関係であることを断っておく。あくまで私個人の必要最小限の編集による構成である。こうしたビジュアルを新たに付け加え、催眠術の効果を上げようという意図は、私自身に全くないことを断っておきたい。
また、実際にこれを聴いて、何かしらの心身の影響が出たとしても、当方では責任は負えないので、ご了承願いたい。しかしながらこの催眠術は、そうした心身の影響がマイナスの方に出るものではなく、むしろごく軽微な、心身をリラックスさせる方に影響するものであるから、再生に不安を覚える必要はない。
この音声の復刻再現は、昭和の時代にこうしたカセットテープがホビー通販で売られていた――という事実確認のために聴いていただけると有り難い。
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