That’s What Friends Are For

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年8月7日付「That’s What Friends Are For」より)。

 私の旧サイト[Photos Symphony]の“Profile”にあるエッセイ「That’s What Friends Are For」(2005年10月1日付)を以下に再録します。
 あのエッセイは、不定期で書き替えるつもりだったのだけれども、[Photos Symphony]は2005年の秋を最後に書き込みを停止してしまっています。従って、“Profile”はずっとあの曲についてのエッセイのままです。そのせいで妙に印象強くなり、書き替えずあのままで良かったとさえ思うようになりました。
 そして文中にある〈確か15年くらい前の高校生の時〉も、2005年から5年が経過したのですから、今では〈20年前〉ということになります。
《Burt Bacharach & Carole Bayer Sagerの名曲「That’s What Friends Are For」に夢中。
 ディオンヌ・ワーウィック、エルトン・ジョン、グラディス・ナイト、スティービー・ワンダー達がバカラックの弾くピアノの前で熱唱する映像を、確か15年くらい前の高校生の時に見たのだった。
 高校生だった私にとって、心に染みる“いい曲”だったけれど、邦題の「愛のハーモニー」という表象のイメージに引き摺られて、そういう心持ちでずっと完結してしまっていたのだ。
 そして今、本当に大切な友人と紆余曲折あって、もう一つ心の通い合いがステップアップしたとき、そしてそれが訣別ではなく、より深い親愛に昇華したとき、ふと忘れかけていた「That’s What Friends Are For」の曲を思い出した。
 バカラックはあの曲で、傷つけあった後の辛く切ない感情を吹き飛ばしてみせ、
“微笑みを絶やさず”
“輝き続けて”
“友達はその為にいるのだから”
 と口ずさんだ。安直にBGMとして扱われがちな曲であるけれども、その深みや凄まじいほどの情感を乗せたメロディと言葉は、バカラック・ナンバーの最右翼にあるとさえ思う》

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