東博特別展『インドの仏』

【特別展「インドの仏」】
 桜の開花が見頃だった先週、東京国立博物館の特別展『コルカタ・インド博物館所蔵 インドの仏 仏教美術の源流』を観覧。4年ぶりの表慶館観覧となった。
 東博における「仏教美術」というと、カテゴリーとしては東洋館の印象が強い。今回の特別展が表慶館で催されたことが少し意外な気がした。滅多に表慶館内部を観ることができない意味では非常に有り難かったのだが、そもそも私が20代での専門学校時代から継続している上野公園への散策の傍ら、東博に訪れるようになって何より圧倒されたのが、実は日本美術よりも東洋美術、すなわちアジア仏教美術の至宝の厖大な展示であり、その宝庫である東洋館の広大な存在感にとても驚いたのである。
 東洋館は2年ほど前にリニューアルされたのだが、厖大な展示量は変わらず、ここを訪れる時はそれなりの気力体力が必要となる。ちなみに今この時期、東洋館では、ガンダーラの仏像展示が(東博フリークとして)“栄えて”いるらしく、特別展『インドの仏』と併行して観覧することをお薦めする。
 さて、表慶館での特別展『インドの仏』。
 やはりこちらの目玉は、クシャーン朝の仏像群であろう。どうしてもガンダーラ仏教美術の美しさは外せない。クシャーン朝2世紀頃のロリアン・タンガイの仏坐像など、ブッダの何物にも代えられぬ理想的な象徴性が含まれており、その美しさのみで思わず息をのんでしまう。無論この美しさの中に、「転法輪」であるとか「八正道」といった仏教説法の道徳性や規律性が感じられるのだが、紀元前2世紀頃の、シュンガ朝時代の礼拝の象徴が「法輪」であったり「菩提樹」であったりする人体崇拝以前の思想性にも仏教の歴史の深みを感じた。
 思想精神の象徴の対象が物から人格へ――。それが東洋における仏教美術と諸国政治史の母体と文化的潮流になった根幹であるから、仏像への変移の歴史を辿るというのは、単なる変移ではないことを意味づけているのに違いない。
【いつ見ても圧巻な東博の表慶館】
 表慶館独特の文化財的な薫りを愉しみながら、たっぷりとコルカタの至宝を眺めさせていただいた。
 ところで、ベンガル湾の遙か北、ガンジス河の南部に位置するクルキハールは、まだ多くが未発掘の地帯らしい。
 玄武岩の黒があまりにも荘厳さを際立たせているターラー菩薩像や金剛法菩薩像などの女性的な艶めかしい肉体美は、仏教美術の傑作中の傑作である。9世紀から10世紀頃の作。
 ふと思ったのは、その肉体の文様が、日本の縄文時代の「遮光器土偶」とよく似ていることで、私はなんとなく悩んでしまった。このクルキハールの菩薩像を模倣して、日本列島の縄文人が「遮光器土偶」を作ったのではないかと思えるほどよく似ていて、同じ女体像なのである。そう、時代関係でいうとまったくおかしな話なのだが。
 考古学は、時に疑いをもつことが必要である。「遮光器土偶」は果たして本当に縄文時代の土偶なのだろうか――。この奇妙な謎が、私の頭を駆け巡って已まない。

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