ホイットニーの「ブロークン・ハーツ」

【8インチシングルのバイナルのホイットニー・ヒューストン「ブロークン・ハーツ」】
 コロナ禍で迷走を続けている最中――。そんなこととはまったく無縁だった80年代の、自身の“ありふれた日常”の想い出に、心がときめく。
 かつてホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)がザ・ビートルズの記録を塗り替え、米ビルボード誌における“7曲連続全米シングルチャート1位”の偉業を打ち立てたシングル「ブロークン・ハーツ」(“Where Do Broken Hearts Go”)のバイナルを手にした頃の話――。それは、私が中学を卒業する前後まもなくの頃。前年の1987年、自室に設置されていた真新しいCDプレーヤーで数え切れないほど、彼女のアルバム『WHITNEY II』(“WHITNEY”)をむさぼり聴いており、そのうちの10曲目の「ブロークン・ハーツ」も既に何度も聴いていた。しかし、春の兆しが見え隠れしていたその時期、敢えて「ブロークン・ハーツ」のバイナルを買うだけの理由が、果たしてあったか――と言えば、あったのである。
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 いま想い出せば、自分自身の中学校での3年間の生活など、実にあっけない淡泊なものであった。
 演劇部の部長への仄かな恋心を燃やしていた中学1年の、数ヵ月足らずの“微熱少年”たる出来事(当ブログ「早熟だったブルージン・ピエロ」参照)は、その当時3年生であった部長が卒業してしまい、学校から姿が消えて居なくなったことで沈着した。それからの私の2年間というのは、中学生として、あるいは個人の人格として、多くを喪失してしまったことによる空疎な学校生活だったのである。
 そう、その2年間、関心のある演技や演劇的なこと、ひたすら夢中になって音楽を聴くことだけが、喪失した人格の唯一の陰影なのであった。したがって、新しい恋などは生まれなかった。生まれようがなかった――。かろうじて救いであったのは、幾人かの友人が私の周囲にいてくれたことであり、生涯このことが感謝の念の対象となっている。むろん、この中に部長の弟のTも含まれている。
 落ちた枯れ葉が風のなすままに、ただ道端で地面や地上をさまよっているだけの、力学の法則運動に過ぎなかった中学校生活が終わりを迎え、この幾人かの友人らと離別することと、これからの新たな高校生活への期待と不安の、そうした雑然たる心理状態が交錯し、私は卒業式のあった前後の数日間、ひどく憂鬱な《感傷》を生み出したのだった。
 その一つの行動が、ほとんど無意識の運動現象に近いもので、以前何度か訪れたことのあるバイナルのショップに足を運ぶ――というものであった。
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【ホイットニーの2枚目のアルバム『WHITNEY II』(CD)】
 とぼとぼと駅に向かい、列車に乗り込んだちっぽけな存在の15歳の私は、《感傷》に浸りきっていたに違いなかった。2つ3つ先の駅で降り、その駅から程なく歩いたところにある老舗デパートの中のショップ。そこで、8インチのバイナルの「ブロークン・ハーツ」を買った――。ただ、このことは、それほどはっきりとは憶えていない。
 このショップは、レアな12インチシングルなどを販売していることで気に入っていた。中学卒業と高校入学のはざまにおいて、既にCDという新しいデジタル・メディアで所有していた曲を、今さらながらアナログの旧態のバイナルでもう一度買う――ということの意味性は、むろんそれ自体にあるのではなかった。あくまで《感傷》の気の向くままにどこかに訪れ、何かを消費したい衝動に駆られていたからに他ならない。ただし、買うのが目的なのではなく、そこへ訪れるまでの、物理的な道程のうちに、自己の心の回路を整わせ、何らかの回復機構を会得しようとした痕跡であって、そうとしか受け止めざるを得ない心理状態であった。それが結局、今でも私の手元にある、8インチの「ブロークン・ハーツ」の正体なのである。
 ホイットニーの歌う「ブロークン・ハーツ」は、フランク・ワイルドホーン(Frank Wildhorn)とチャック・ジャクソン(Chuck Jackson)による共作である。冒頭の歌詞を引用してみる。
《時間はたったけれど 心の中では まだ引っかかってるの
だって あの冷たい11月の日から 私は変わってしまった……
息つく場所を望んで別れたのに 二人が得たのは 空っぽの部屋
私が学んだことは あなたにどうしてもいてほしいってこと》
(アルバムより対訳:小倉ゆう子)
 私はこうした歌詞の内容を、自身の中学校生活の機微に置き換え、同じような心境に浸ることで、その《感傷》の捌け口としたかったのだった。愛すべき人を見失い、その相手との温かな一瞬の感情すらも見失い、残されたのは冷たい日々の無情なる欠片のみであったからだ。
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 私自身の10代における様々な経験は、その80年代の特別なノスタルジーと同じくして、遠い過去の残像となっている。コロナ禍で失われた「人と人との小さな触れあい」の機微は、いずれ取り戻せる日がやってくるのであろうか。10代の記憶をふと思い起こす時、何の思慮も疑いもなく触れ合っていた、そして人の温かみを感覚的に味わっていた日々が、ありふれてはいるけれど、とても懐かしい。そう、本当に懐かしい。
 もう一度取り戻したい――と思う。それを願う心は、私の中で二重露出となって焼き付いてしまっているのだ。よりいっそう溢れかえる記憶を辿れば辿るほど、その想いは膨らんで大きくなっていく。「ブロークン・ハーツ」のメロディが、いまも尚、私の心をときめかして已まない。

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