【2018年発行の国連切手「世界保健デー」6種】 |
切手に関する話である。私が小学4年生の時のクラブ活動で“切手クラブ”に所属していたことは、当ブログ「美しき色彩―沖縄切手」と「見返り美人のこと」で既に書いた。生前の父が若い頃に蒐集していた切手のスクラップ・ブックを譲り受け、クラブの仲間と切手について語り合ったり、見せ合ったりしていたのが懐かしい。残念ながら、そのスクラップ・ブックは――今はもう無い。
そうした“小さな絵画”とも言える切手を、愛おしく思う瞬間というのは、子どもの頃の記憶の名残か、大人になっても時折湧き上がってくるものである。それなりに学んだ切手の知識が基礎となって、日々の中で遭遇する切手の図案の美しさに惚れ惚れすることが、年に何度かあったりする。図案の中の世界が目眩く想像を掻き立て、この“小さな絵画”の何たる素晴らしさ!――と私は、茫然としてしまうのであった。
➤現代的なモチーフの「世界保健デー」6種
ついこの前、国連発行の切手「世界保健デー」6種(2018年発行)について調べているうちに、欲しくなって買い求めてしまった。いま、手元にその実物がある。実に現代的なデザインというべきか、カラフルな色彩とイラストレーションに富んだ明るい趣であり、どこかしら力強さが感じられる。そう、迷いのないメッセージは実に力強いものなのだ。毎年4月7日はWHO(世界保健機関)が定めた「世界保健デー」(“World Health Day”)で、これはそのキャンペーンに準じた国連切手なのである。
補足するけれど、2021年の「世界保健デー」 のテーマは、“健康格差”(health inequality)である。特に新型コロナウイルス(COVID-19)のワクチンが公平に行き渡るよう、WHOが世界各国に働きかけている。そもそも、“健康格差”の原因は、経済的な貧困であったり、社会的な不平等がもたらすものだ。これらを是正することが、全ての人々の健康を維持し、子ども達の未来にもつながるという強い理念。このことを忘れてはならないし、様々な国連切手を眺めることで、それぞれのメッセージに込められた理念を思い起こすことができる。
➤蒐集しやすい国連切手
私が子どもの頃に読んだ切手関連の本、小学館入門百科シリーズ16、今井修著『切手収集と楽しみ方入門』(小学館・昭和46年初版、昭和55年改訂新版)には、「切手コレクションを作ろう」という章があって、初心者や子ども達が集めやすい切手に関して、丁寧な説明がなされていた。読み返せば、集めやすい切手の一つに、国連切手(国連本部発行の切手“UN Stamps”)が含まれていた。
切手というのは何の脈略もなく蒐集するより、何か目的を持って集めた方が楽しくなる。すなわち、種別毎に集めるのである。国別で集めるというのが基本で、日本にいるのなら日本の切手を集めるのが最も手っ取り早い。切手発行の歴史が古い国ほど数が多いから集めやすく、イギリスやスイス、アメリカで発行された切手が比較的集めやすく、次いで中国、カナダ、フランス、ドイツ、オーストリア、チェコスロバキア、ロシア(旧ソ連)などが挙げられ、国連切手というカテゴリーも集めやすい切手なのである。
【昭和33年の「世界人権宣言10年記念郵便切手」】 |
➤人権をあらわす炎
ここに、少々古いけれども、「世界人権宣言10年記念郵便切手」がある。日本が昭和33年(1958年)に発行した10円切手で、封筒に貼られた切手には記念の消印が押され、全体の雰囲気として格調高い趣となっている。
この封筒の中に、発行に関する解説書が添えられていた。以下、その文面を引用する。
《世界人権宣言10年記念郵便切手
昭和23年12月10日国際連合総会において人権の世界宣言が行われてから本年は満10年に当るので、これを記念して10円郵便切手を発行し、全国各郵便局で売りさばく》
“売りさばく”とは、単刀直入な表現でたいへんよろしい。
ところで、今日の社会において、人権があって当たり前と思ってしまう人がいるかも知れないが、世界で人権が宣言された歴史は、まだ日が短く浅い。昭和23年(1948年)12月10日の世界人権宣言について、要点だけを述べると、第3回目の国連総会で採択された国際連合総会決議217(III)の基本的人権の宣言を指し、“Universal Declaration of Human Rights”のことである。その第1条《すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である》の文言は、特に有名である。
これを作成したのは、世界人権宣言起草委員会であり、その委員会のメンバーだった一人が、エレノア・ルーズベルト(Anna Eleanor Roosevelt)、つまり第32代アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトの妻であり、エレノアの父エリオット・ルーズベルトの兄は、第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルト(Theodore “Teddy” Roosevelt)なのである。エレノアは、世界中のフェミニストに影響を与え、アメリカを代表するリベラル派として知られている。
【「世界人権宣言10年記念」。象徴的な橙色の炎の意匠】 |
さらに解説書には、前述の“売りさばく”――に後に続いて、切手に関する詳しい記述がなされていた。以下、引用しておく。
《発行日:昭和33年12月10日 種類:10円郵便切手 意匠:人権をあらわす炎 刷色:だいだい、うす黄、青およびこい青味紫4度刷 用紙:白紙、無透 版式:グラビア 印面寸法:縦33.5ミリ、横25ミリ 目打:13と1/2 シート構成:縦5枚、横4枚の20面 図案者:久野実氏 発行枚数:1,500万枚 カバー図案者:久野実氏 カバー版画家:中村浪静堂》
紫色の背景に橙色の炎の図案が浮かぶ、「人権をあらわす炎」の切手の凄みは、私の眼に焼き付いて離れない。この場合の炎は、人の生きる象徴、いや人が生を受けた宿命の象徴であり、その燃え上がる熱はまさに人の熱い心を表す。
何事にも屈伏しない、誰にも脅かされることのない我が権利を讃える炎の意匠――。国連切手(国連関係の切手も含む)の素晴らしさは、こうした理念のデフォルメの表象が、実に外連味のない形で視覚に訴えてくることなのだ。切手へのロマンティシズムは深まる。
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