『洋酒天国』と野球が俺を呼んでいる

【『洋酒天国』第48号】
 当ブログで数多く紹介している“ヨーテン”コレクション。かつての壽屋PR誌『洋酒天国』(洋酒天国社)の本。今回の昭和35年8月発行の第48号は、私にとって鬼門中の鬼門の号。何故なら…。
 理由はしごく簡単。この号は野球特集号だからだ。野球が苦手な私にとって、この号を解説するのはかなり難儀。
 とにかく、隅から隅まで、隙間さえないほど野球、野球、野球の記事ばかりで驚く。ちょっとくらい小休止的にお色気コーナーがあるかなと思いきや、そんなものはどこにも無い。なんとなく本の厚みも増している気がする。
 しかもこれら野球の内容が、ジョーク一つない大真面目の連続ときているから困る。困り果てた。いつもの調子であれば、柳原良平氏や杉木直也さんらが描く裸ん坊のお嬢さんに野球帽を被らせ、バットを振るくらいのイラストがあっても良さそうなのに、この号にはそれが皆無である。これほどお色気もジョークもない“ヨーテン”は非常に珍しく、むしろ洋酒のPR誌として常軌を逸していると言っていいだろう。
【草柳大蔵「ある大試合の顛末」】
 16ページにわたる「野球講談 ある大試合の顛末」(草柳大蔵述、土井栄絵)がめっぽう硬い。大真面目。まったくもって硬派な読み物となっている。
 《昭和11年12月9日の朝、東京巨人軍の監督・藤本定義は、首に白い包帯をまいたまま家を出た》――という一文で始まる話なのだが、最近ではオコエ瑠偉の名前くらいしか知らない野球素人の私にとって、昭和の読売巨人軍の黄金時代を築いたという藤本監督や沢村栄治投手の繰り出す、その大試合の一挙手一投足が何であるかなど、語るのは言語道断。さっぱり訳が分からぬ難解きわまりない“社会派推理小説”に思えてくる。
 結局、この「ある大試合の顛末」に書かれてある野球の内容というのは私にとって、難解な評論で有名な小林秀雄の作品やジョイスの小説を読むより難しく、その機微をとらえきれず、オスカー・ワイルドの『サロメ』が恋しくなるほどなのである。
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【野球尽くしの「HOW TO PLAY BASEBALL?」】
 逃げるようにしてページをめくれば、そこも野球。「HOW TO PLAY BASEBALL?」。
 「HOW TO PLAY…」なんて、医学博士・奈良林祥先生の名著『HOW TO SEX』の間違いなんじゃないの? と突っ込みを入れたくなるくらい、かなり誌面を割いて真剣に大真面目に、野球とはなんぞやをレクチャーしてしまっている。練習、投手、捕手、1塁手、2塁手、3塁手、遊撃手、外野手、スタンス、スイング、バント、走塁、と項目12に分かれており、親切なイラスト入りの、それはそれは丁寧な、好きな人なら永久保存版にしたくなる野球レクチャーが綴られている。
【若き東京トリス軍の面々】
 この号の最後半のページは唯一、少しばかりおちゃらけたコーナーである。「ああ堂々・東京トリス軍の全貌」。
 これはヨーテン編集部の面々が、野球のユニフォーム姿で気張ってプレイしている黒白写真がユニークな、個々のプロフィール紹介だ。ちなみに坂根進氏は右上2番目の人物で、その真下が山口瞳氏。開高さんと柳原良平氏は左上の欄に写っている。何と彼らは当時まだ20代から30代。若い。しかもユニフォームまで「東京トリス軍」の自前のようだから、編集部の野球志向(偏向?)は洋酒の宣伝以上ではないか。
 そうなのだ。この号には酒がない。酒の匂いがまったくなかった。それにしても、当時の野球ブームとは相当なものであったことは、この号を読めばよく分かる。野球をするなら余計なことはせず、真剣に、大真面目に――。

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