【朝日新聞朝刊5月27日付より】 |
久方ぶりに個人的な“大阪万博”熱が再燃するような、そんな興味深い新聞記事に出合い、そのクラウドファンディングの主旨に賛同し、些かの支援の企てをウェブ上で取り計らった。このネット出資が功を奏するかどうかは現時点では分からない――。しかし、“大阪万博”に対する憧憬と抽象音楽への深い関心の交差は、紛れもなく私自身を一瞬にして突き動かした。このプロジェクトが無事に成功してくれることを祈る以外にない。
私が突き動かされたのは、朝日新聞朝刊5月27日付茨城版の「再び響け 大阪万博の『音』」という記事である。「音響彫刻修復へ ネットで出資者募る」という副題に刮目し、興味を持った。掻い摘まんで記事の内容を説明すると、1970年の大阪万博で出展されていたフランソワ・バシェ(François Baschet)製作の「音響彫刻」を、茨城県取手市の東京藝術大学ファクトリーセンターが修復・公開することを目的とし、その資金200万円をクラウドファンディングで(6月末まで)募っている――というもの。バシェの「音響彫刻」は17作品あって、過去に修復された5台以外の12台がこれに含まれる(一部寄贈された作品があるらしい)。
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この「音響彫刻」の修復プロジェクトに関しては、バシェ協会のホームページが詳しい。それとは別に、私自身も独自にこの「音響彫刻」について調べてみた。そもそも“大阪万博”でこのようなオブジェがあったのかということに対し、私はこれまで聞いていたような聞いていなかったような、俄に判然としなかったのだけれども、最近、坂本龍一氏のアルバム『async』の中で過去に修復されたバシェの「音響彫刻」が使用されたことを知り、なんとなく朧気な輪郭が見え始めたのだ。そこではっきりと理解するために、当時の“大阪万博”の公式ガイド本(『日本万国博覧会 公式ガイド』)を開いてみた。
現代音楽の音楽家・武満徹氏がバシェに依頼して作られた「音響彫刻」は、鉄鋼館で出展された。武満氏は鉄鋼館の芸術監督を担っていた。鉄鋼館は、日本鉄鋼連盟主管のパビリオンで、主立った企業を抜粋すると、八幡製鉄、富士製鉄、日本導管、川崎製鉄、神戸製鋼や大阪製鋼、三菱製鋼、日本ステンレス等々で、その他の組合や協会も連なっている。この公式ガイド本によれば、鉄鋼館は、“世界に誇る音響装置”、“古代ローマのコロシアムを思わせる大ホール”の設備を持った“音楽の殿堂”だったようで、円形の大ホールには天井、床、壁に千個の以上のスピーカーが配置されていたらしい。そしてそこでは3つのプログラムが用意され、武満徹、イニアス・クセナキス、高橋悠治氏の作曲した音楽が館内に流れ、レーザー光線を使った演出によって観客に音楽体験を楽しんでもらうパビリオンであった。ホールの前室には、フランソワ・バシェの「楽器彫刻」と「ペンジュラム」という地球の自転を証明する大きな振り子が展示されたとのこと。当時彼のオブジェを「楽器彫刻」と呼んでいたようなのだが、バシェ協会では“Musical Sculpture”の訳を「音響彫刻」と呼ぶようにしているという。
さらに私は、鉄鋼館における音響装置及びその音楽について、川崎弘二著『日本の電子音楽』(愛育社)を読んでみた。そこには鉄鋼館についての記述がある。
公式ガイドで記されてあった円形の大ホールは「スペース・シアター」といい、約千個のスピーカーによる12チャンネルのテープ再生が可能。総合プロデューサーと設計は前川國男氏、音楽ディレクターは武満徹氏。音響技術担当は藤田尚、若林駿介両氏。その「スペース・シアター」での演目等も詳しく書かれてあるのだが、それはここでは割愛する。鉄鋼館では定期的に演奏会が催されたらしく、バシェの「音響彫刻」もその一環でおこなわれた。武満徹氏がバシェの「音響彫刻」のために作った曲「四季」が初演され、それは約16分間の演奏であったらしい。
私は1972年生まれであるから、無論、1970年の“大阪万博”を訪れていない。あくまで昭和の経済発展を遂げた成熟期の、国家的一大イベントの萌芽を体験したかったという夢想による憧れ、“大阪万博”熱である。仮に私が生まれていたとしても、あの頃、遠い大阪まで足を運ぶことは、無理であっただろう。
個人的には1985年の“つくば万博”を中学生時代に体験し、万博というものの面白さを知った。12年前の“愛知万博”も訪れることができた。そしてどうしても体験することができないでいるのが、1970年の“大阪万博”なのである。このパラドックスは不可逆的なものであり、故にその感動が永続する――。
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バシェ協会のホームページでは、過去に復元・修復された4つの「音響彫刻」(川上フォーン、桂フォーン、高木フォーン、渡辺フォーン)の画像や、2013年に京都市立芸術大学でおこなわれたワークショップでの演奏、2015年の京都芸術センターにおける演奏会の動画などが公開されており、バシェの作品をある程度感知することができる。それらの演奏がまたいかにも、武満氏独特の抽象音楽らしさを醸し出しているのだ。
まったく短い期間ではあるが、今回のクラウドファンディングがなんとか成就することを期待する。私個人の関心からして、バシェの作品すべてをこの眼で見てみたいし、その優雅な響きを、ぜひ自分の耳で聴いてみたい。多くの人の賛同者が募ることを切実に願う。
さらに“大阪万博”について知りたい方はこちら。
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