50年を迎えた『人生ゲーム』

【あまりにも有名すぎる『人生ゲーム』】
 私は銀行家であると嘯く。じゃんけんでえらばれた銀行家ではない、人生の道先案内人としての銀行家。子供だった彼らの、遊びのなかに投影された真の映し鏡の人生、その目撃者――。
タカラトミーのボードゲーム『人生ゲーム』は今年、50周年だそうである。日本で最初の『人生ゲーム』が発売されたのは、1968年(昭和43年)9月のこと。言うに及ばず、アメリカはマサチューセッツのミルトン・ブラッドレーが考案した「The Checkered Game of Life」を原形としたブラッドレー社「The Game of Life」の日本語直訳版であり、現在に至るまでシリーズ商品を含め累計1,300万個以上を販売したという。
50年前の1968年と言えば、東京オリンピックのマラソンで活躍した円谷幸吉が自殺、キング牧師とケネディ大統領の暗殺事件、パリでは学生や労働者らによる五月革命、チェコ事件、フォーク・ソング全盛で12月には府中の三億円強奪事件が起きるといった慌ただしい世相。サイケ調が流行した頃である。個人的にサイケと言えば、前年のレナウンのコマーシャルの、ボンネルによるニット商品「イエイエ」がとても印象強い(まだ私は産まれてはいないが)。
 そうした時代に一世風靡した『人生ゲーム』初代盤の存在は、まことに時世を色濃く反映させた玩具業界のエポックメイキングであったのだろう。
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【あまりにも有名すぎるルーレットと自動車のコマ】

《波乱にとんだ人生ゲーム――2,000ドルをもって人生のコースをスタートし、さまざまな成功、失敗、仕返しを繰りひろげながら早く億万長者になったひとが勝つゲームです》

《大学に進学しようかな? ビジネスコースを選ぼうかな? どの保険に入っておこうかな? どっちの道を進もうかな? 弁護士の資格がとれた! すごい給料! ハイスクールだけでもこんなときはどっさり賞金が! アッ事故をおこした! 保険に入っていてよかった!》
(『人生ゲーム』説明書きより引用)
【約束手形、10万ドル、5万ドル、2万ドル紙幣】
 私が小学生になってから、その6年間のうち、最も友人達と遊んだのが、“ボードゲーム”のたぐいであり、筆頭が『人生ゲーム』であった。家で所有していたのは、初代の「青盤」(前期モデルはマス目の背景色が黒く、「黒盤」と称され、その後一部改訂された後期モデルはマス目が青いので「青盤」と呼ばれた)である。随分昔に処分してしまったが、ごく最近、あらためて「青盤」を入手し、それを参考にこれを書いている。
【保険証券、株券各種】
 基本的なルールをおさえておこう。
 プレイヤーは2人から8人まで。小学生から大人まで楽しめる。お金と証券のやりとりをする銀行家の役割を決めておく必要がある。プレイ中はこの仕事でかなり煩雑なやりとりをするため、できればプレイヤーを兼ねず、誰か1人銀行家(世話役)に徹した方がよい。
 銀行家は、ルーレット付きのゲーム盤の脇に、紙幣(500ドル、1,000ドル、5,000ドル、10,000ドル、20,000ドル、50,000ドル、100,000ドル札、約束手形の8種)を挿した整理箱と、保険証券(火災保険、生命保険、自動車保険、株券の4種)の整理箱とを並べて置いておく。かけ用のナンバーボードも忘れず脇に用意しておく。ラッキーカードはよく切って伏せて、これもゲーム盤の脇に置いておく。
【財産ラッキーカード各種】
 プレイヤーは自分の自動車の色を決める。色の種類は赤、ピンク、白、黄、青、水、オレンジ、緑の8種。男性は水色のピンを、女性はピンク色のピンを自動車の前列席に刺し、自動車をスタート地点に置く。銀行家は各自に、スタート時の所持金500ドル札4枚(計2,000ドル)を配る。そしてゲームの順番をじゃんけんで決める。
 さて、スタート。まずプレイヤーは、自動車保険に入るかどうかを決めなければならない。入る人は500ドルの保険料を払い、証券を受け取る。そしてプレイヤーは次に、「大学コース」を進むか、「ビジネスコース」を進むかを決める。決めたらルーレットを回す。すごろくと同様、出た目だけコマ(=自動車)を進める。
【全員必ず結婚しなければならない】
 よく言われるのが、この時「大学コース」を進んだ方が給料がいいのであとあと有利だ、という定石的都市伝説。確かに「ビジネスコース」を進んだ者は月給5,000ドル、「大学コース」で医者の資格を得た者は20,000ドル、新聞記者10,000ドル、弁護士15,000ドル、先生8,000ドル、学者10,000ドル、無資格卒業者は月給6,000ドルと「ビジネスコース」が最も安く不利だ。ただし、あとあとラッキーデーに止まると通常10,000ドルもらえるところ、「ビジネスコース」を選んだ者は3倍の30,000ドル支給される。さらに株式相場で相場をはると、大学出は50,000ドルに対し「ビジネスコース」出身者は100,000ドルもらえることがある。したがって、必ずしも「大学コース」が有利であるとは、言えない。
【ストップ!決算日】
 結婚のマスは全員止まらなければならない。この場合で言うと、結婚は義務である。ボクは結婚しないよ、というお気楽な自由はない。配偶者が男性なら青のピンを、女性ならピンクのピンを自動車の前列の運転席の隣に刺すのが通例。ちなみに重婚は禁止。
 仕返しのマスというのもある。誰か1人から100,000ドルもらうか、15コマ逆戻りさせることができる。実際、この仕返しのマスによる仕返しの逆恨みというのがよくあって、「何を根拠に仕返しをするのか」というのが、プレイヤーのあいだで問題になることがある。例えば小学生のあいだでは、昨日あいつは給食のオレのヨーグルトを食いやがって!と私情がからんで15コマ逆戻りさせることがしばしばあるが、ヨーグルトを食った方は今頃そんなことを言うのかと、突然豆鉄砲を食らったかのような心持ちとなり、なんだこの野郎、じゃあオレもおまえに仕返ししてやる!という仕返しの仕返しが繰り返されることに、なりかねない。
 私情をゲームに持ち込むことは、非常に危険な行為である。が、『人生ゲーム』というのは、日頃の恨みつらみの私情をどんどん持ち込んですったもんだするための「高等遊戯」なのである。
【ゴールは億万長者の土地】
 銀行からの借金をする云々、すなわち「約束手形」については、前に書いたことがあるので割愛する(「人生ゲームと約束手形」参照)。ちなみに、借金の返済が遅れると、最後の決算日で20,000ドルの約束手形1枚に対し、25,000ドルを支払うことになるのでよくよく留意すべき。逆を言えば、この「人生ゲーム」はいかに他のプレイヤーに「約束手形」を付けさせられるかで勝利が決まる。かりに自前の所持金が少なくとも、相手の借金が多ければ、相対的にこちらの勝ちなのである。
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 こうして考えてみると、『人生ゲーム』は、人間関係を危うくしかねない恐ろしいゲームなのだ、ということが分かる。人間の本性が表れると言っていい。資本主義経済の成れの果てでもあり、すなわちこれが「モノポリー」にならぶ代表的な“アメリカン・ゲーム”であったのだ。
 そういう時代に生まれたゲームは、実にしぶとい。しぶとく生き残る。フラッグシップの『人生ゲーム』は2016年に7代目となる新盤が出た。今後もシリーズは続くに違いない。それぞれの時代に応じてマスの内容は大きく変わっているが、プレイする人間の本性は、依然としていつの時代も変わらないのではないか。資本主義ありき。金、金、金。如何にして他人を蹴落とし、のし上がるか――。
 一方で「自滅」という選択肢も、心理的にある。どうせ俺の人生はこんなもんだろう。どうぞ皆さん、お先へどうぞ。さあさ、どんどん橋を渡っていって下さいな。向こうには億万長者の土地がございますよ。私はここで、さよならします。あばよ皆さん…。早くも自ら落伍の決意をする人間というのは、闘争心がない分他人に危害を与えないが、世界をダメダメにしてしまう。そう、ダメダメにしてしまうのだ。ダメダメでは、夢がない。
 『人生ゲーム』で世渡り上手になろう。そしてそこで一度、本性を表し、いったんはダメダメ人間になってみよう。ダメダメになって、人から嫌われてみよう。世渡り上手けっこう。ダメダメ人間けっこう。ゲームなのでやり直しききます。
 そう、自分が見えてくるのだ。他人が見えてくる。このことだけは真実だ。これはつまりその、ブラッドレーさんがつくった「呪い」と「救済」のゲーム、なのだ。

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