寺山修司の『青年よ大尻を抱け』〈一〉

【Nittakuの卓球ボール。公認球】
《いまの男の子たちって、ピンポン・ジェネレーションね》
 ピンポンって、《タマが小さいでしょう》
 寺山修司著『書を捨てよ、町へ出よう』(角川文庫)の「青年よ大尻を抱け」の冒頭は、いきなり、タマの話である。“ピンポン・ジェネレーション”と言って女性が大口を叩き、今どきの男子は「タマが小さい」と揶揄する心理的苛烈な内容である。『書を捨てよ、町へ出よう』については、当ブログ「寺山修司―三分三十秒の賭博とアスファルト・ジャングル」でも触れている。昭和42年(1967年)、初版は芳賀書店である。
 ピンポンって、《タマが小さいでしょう》――。ここでのピンポン(Ping pong)とは、言うまでもなく、卓球(Table tennis)のことである。気づいたら辞書を手に持って開いていたので、卓球について引用しておく。
《室内競技の一つ。中央に網を張った卓上で、セルロイド製の小球を互いに打ち合う。ピンポン》
(『岩波国語辞典』第七版より引用)
 そういえばちょっと昔、『ピンポン』なんていう窪塚洋介が主演した映画があった。曽利文彦監督の映画で、原作は松本大洋。ペコを演じる窪塚のセリフ「I Can Fly!!」が耳にこびりついている。5年くらい前には、原作マンガがアニメ化されたこともあった(ちなみにその時の音楽は、牛尾憲輔)。映画ではそのピンポン球をCGで描いた――云々の裏話を知っているが、さて、ピンポン球とは具体的にどれくらいの大きさなのであろうか。
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【寺山修司著『書を捨てよ、町へ出よう』より「青年よ大尻を抱け」】
 「青年よ大尻を抱け」は、ピンポンよりも、野球のタマの方が(大きいから)いい、という女の子のからかい話から始まって、野球のタマより蹴球(サッカー)がいい、蹴球よりも…この世で一番大きいタマは? となって、それは地球だ――とオチがつく。女性が感じる「男性の性的魅力」の問題がここまで大きくなれば、手に負えないではないか――という序盤の話題の軽い小噺になっている。
 寺山は冒頭で述べているのだ。ピンポンのタマは、ボクたちの同時代の誰の睾丸よりも大きいと。女性は“小さなタマ”としての象徴であるピンポン球を引き合いに出して、頼りない今の(その当時の)若者男子を強烈に揶揄したのであるが、実際のところ、男性の生殖器の、陰嚢に包まれて垂れ下がっている睾丸(精巣)は、ピンポン球より小さいじゃないか、と寺山は暗に述べようとした。女性にあれこれ言われなくても、もともとキンのタマは小さいものなのだよ、男なんてそんなものだよ、とでも言わんばかりに――。
 つまらぬ蛇足になるけれども、私は小学生の頃、まだ辞書という分厚い本がとても珍しかったので、「精子」だとか「卵子」だとか、「金玉」などといった言葉を興味本位で探してみたことがある。
 小学生向けの易しい国語辞書には、「きんたま」がなかった。「きんたま」が辞書に載っていない…。あろうことか、私はムッとした。何故、そこらじゅうの子供らが1日に10回は必ず叫んでいる(?)そのコミュニケーション言語が、辞書に載っていないのかと。大人になると、それを「精巣」だとか「睾丸」と言い換えて調べる。当然ながら、そうなると辞書に載っている。
 ちなみに岩波の辞典では、若々しい血色のよい顔の意の「厚顔」(こうがん)、それから、歓楽を共にすることの意の「合歓」(ごうかん)の言葉に挟まれて、「睾丸」(こうがん)があった。「睾丸」はこう記されていた。
《男性の生殖腺。きんたま》
(『岩波国語辞典』第七版より引用)
 まずは、人の睾丸(精巣)の大きさについてざっくりと調べてみた。概ね、直径4.5cmから5cmにも満たないほどらしい。重さは約20g。500円硬貨が1枚当たり約7gなので、3枚手に持った時の重さが睾丸1つ分の重さとなる。男性はそれをもう1つ加え、鄭重にぶら下げているのであるから、結局のところ、500円硬貨6枚分が男性一人あたりの睾丸の重さということになる。これはあくまで重さの話であって、睾丸2つ分の値打ちが日本円にして3,000円也――という話ではないことを鄭重に断っておく。
 重さはともかくとして、大きさの話である。おそらく、世界中のどの国の成人男性の大きさを比べてみても、だいたい5cm未満なのではないかと思われる。まあ、それ以上大きければ大きいことに越したことはないが、歩行時に歩きづらくて困る程度で、大きいからと言ってそれが誇らしげな気分になることは、まあ、あるまい。
 一方、ピンポン球の方は2種類ある。硬式ボールと、球足がゆっくりめになるというラージボール。硬式ボールはプラスチック製で40mm、重さは2.7g。ラージボールはプラスチック製で44mm、重さ2.4g。ラージボールの方が4mmほど大きい。ただし、重いのは硬式ボールである。製造上、球の精度には4段階のランクがあって、最高のランクは3スター(最低ランクは無印)。ITTF公認の検査に合格したものだけが得られる称号だという。私がいま手にしているのは、Nittaku(ニッタク、日本卓球株式会社。古河市に工場がある)の「プラ3スタープレミアム」という商品で、球をじかに触ってみると、プラ製でありながら、まるで卵のような質感で、形も美しい。むろん、軽い。
 こうしてそれぞれの大きさについて調べてみて、客観的かつ厳密に、睾丸とピンポン球の大きさを比較すると、なんと睾丸の方が、若干、大きい――ということが分かった。卓球の硬式ボールは昔、38mmだったらしく、寺山が「青年よ大尻を抱け」を執筆していた頃の大きさの違いで言うと、ピンポン球よりも睾丸の方が大きいことは、より顕著な事実だったはずだ。
 もう一度言う。睾丸の方が明らかに大きいのである。睾丸は、Nittakuの球のような素晴らしい精度の球形ではない。楕円である。したがって、睾丸のタマは卓球には使えない。睾丸におけるここでの大きさというのは、最も直径が長い部分で比較をしている。寺山は、具象ではない相対的なイメージによって、ピンポン球の方が大きいのではないか、睾丸の方が小さいに決まっている――という先入観で書いてしまったように思えるのだ。
 よし、「青年よ大尻を抱け」を私がいま、加筆修正して改訂してしまおう。こういうセリフを加えるのである。
「どうだい、俺様のタマはピンポンより大きいぜ」
 でも女は言い返す。「あら、ほんとう? じゃああなたのタマは、さしずめ無印ね」
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 寺山修司は、現代の偉大なる詩人である。「青年よ大尻を抱け」は、タマの話だけでは終わらない。“ピンポン・ジェネレーション”と女性から揶揄された若者男性が、実は、中年から老年にかけての男達にひれ伏して負けて、頼りない、という話がこの後続く。それに関しては、次回ということで。
 若者よ、まずはAmazonでピンポン球を2つ買い求め、自分のタマの方が大きいことを確認するように。ただし、3スターの精度のいい上物は、この際やめておいた方が無難である。
 〈二〉に続く。

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