ワコールが2008年に実施した「男性の心理と下着に関する意識調査」(※首都圏の15歳から64歳の男性個人を対象)によると、8割弱の男性がトランクスを選んで穿いているという。
例えばそれ以外では、ボクサーパンツやボクサーブリーフは、働き盛りの20代から40代の男性が好んで選び、スタンダードなブリーフのパンツは50代60代の男性が穿いている――という側面はあるにせよ、圧倒的にトランクスは、どの世代にも愛され好まれ、支持されているパンツだということがよくわかる。
トランクスを好む理由は、「穿き心地や素材感が気に入っている」ということが一番のようだが、他のボクサーブリーフにしてもスタンダードなブリーフにしても、あるいはもっと少数のビキニ派にしても、それらを好む理由は「穿き心地」や「素材感」と全く同じであり、結局、下着というのは、感覚的・心理的な一因で選ばれ、特に男性の場合はあっちこっちとやたらめっぽうパンツの種類を変えず、ほとんど一辺倒である――ということはいえそうだ。
前回はパンツと裸における羞恥心の話をした。
私の場合、中学生時代は校則の都合上、「白のブリーフ」を一辺倒として穿かざるを得なかったので、それがとても恥ずかしかった。
ところが高校1年の時、あることがきっかけで、私はトランクス派に転向した――。今回は、トランクスのパンツの話をしてみたい。
余興であらわになったトランクス
工業高校に入学して、まもない春。
学校主催の宿泊学習の一環で、1年生一同は、長野県の志賀高原に1泊旅行した。
1日目の夜、食事を終えた一同は、ホテル内の大広間に集まった。ほとんどジャージ姿である。
その大広間で、余興大会がおこなわれたのだ。入学して日の浅い、学校の右も左もわからない1年生らの、互いの親睦を深めようという名目であった。
和室である大広間には、宴会用の小ステージがあって、クラスごとにそのステージに上がり、何かしらの余興を披露しなければならなかった。もちろん旅行前にそれぞれのクラスで打ち合わせしてあり、段取りは整っていた。ともあれ、右も左もわからない1年生としては、発表の場は初めての経験であり、少なからず緊張感をともなうものだ。
あるクラスでは、「学級紹介」と題し、学級委員が“これからの抱負”を数分述べて終わらせた。他の生徒はステージでただ突っ立っているだけであった。まことにつまらぬ余興である。
こうやって面倒な局面をしたたかに回避すべくお茶を濁し、当たり障りなく人生をやり抜こうとするクラスもあれば、なんとか場を盛り上げようと、雑学クイズを出して熱狂させるクラスもあった。日本人が知り得ないような世界の珍人・珍説をクイズにして、その正解が実に博学的で面白いと思えるセンスの良さ。こうでなくちゃ。ちなみに、我がクラスではいったい何を披露したか、私は全く憶えていない。おそらく、大した内容ではなかったのだろう。
宿泊学習の一環として見ても、こうした学級別の余興が、高ぶる工業高校生の教養主義(?)と必ずしも結びつくとは限らない。むしろそうでない場合が多い。しかし、こうでもしなければ――あえていうがこうでもしなければこいつらは、夜の長い“自由時間”に何をしでかすか、わからん! という教員側の悲鳴にも近い不安な気持ちを、ある一定時間クリアする意味合いにおいては、理にかなっていたかと思われるのである。
ところで、あるクラスの余興が、たいへん喝采を浴びたのだった。あとで聞けば、それは、母校の宿泊学習の恒例余興大会における、いわば伝統芸だったらしい――。
話が長くなるのでかいつまんで説明すると、そのクラスは、母校の伝統芸にのっとって、流行歌の大合唱をして踊りまくり、最後のオチとして、全員パンツをずり下げて尻を丸出しにする――というありがちな、低俗の極みのパフォーマンスを披露したのだった。
大広間にいる生徒たちは、それを目にしてたいへん驚いた。というか、大爆笑だった。いわば、枢要とは申し難い形での、“これからの抱負”を目撃したのであった。
この時、尻を丸出しにしたほとんどの生徒が、真新しい柄物のトランクスを穿いていた。
私はハッとなって気がついたのだ。
〈ああそうか! 俺たちはもう高校生だ! 高校生なんだから中学校の校則に縛られることはないんだ! 「白のブリーフ」をやめ、トランクスを大いに穿こう!〉
旅行から帰った明くる日、晴れやかな気分で高揚し、〈これからの時代はトランクスを穿くべきなのだ!〉と鼻息を荒げた。まるで天地がひっくり返ったような喜びを覚え、イトーヨーカドーに行って柄物のトランクスを買った。
以来、私は、「白のブリーフ」を脱ぎ捨て、トランクス派に転向した。これが結局、約30年間続いた。
新生代の第四紀、人新世のトランクス時代――。まだ人類が滅亡するには、ちと早い。そうなる前の、健気な時代であった。
グンゼ=ホーキンスのトランクス
久しぶりにトランクスを穿いてみようと思い立ち、選んだのがホーキンスのブランド(HAWKINS,G.T.HAWKINS)のライセンス承認を得ているグンゼのトランクスだった。
たぶんクジラだと思われるが、違っていたらごめんなさい…。海の哺乳類をモチーフに。これがまた実に夏らしく、涼し気なトランクスではないか。トランクスというと、地味で当たり障りのない柄物が多いという印象があるが、こういう明るめなデザインが私は好きで、これなら気分良く穿けそうだ。
ホーキンスはそもそもトレッキング用のブーツのメーカーで、創業はなんと1850年(※日本でいうと、ペリーの黒船艦隊が来航した3年前の江戸時代)。英国のノーザンプトンでジョージ・トーマス・ホーキンス(George Thomas Hawkins)は最初、乗馬用のブーツを作っていたという。
多少古くなってしまった調査資料ではあるが、ワコールの「男性の心理と下着に関する意識調査」によって、首都圏にいる男性の8割弱が「トランクスを穿いている」と明らかになり、おそらく16年後の今日においても、この結果はさほど変わらないのではないか。トランクスには、言語に尽くしがたい穿き心地の確かな不文律がある。
穿き心地がいいという理由以外に、下腹部全体を覆う「腰巻き」と近似であることから、むしろ下着っぽくなく、秘匿めいたものを感じさせない特性があり、男性にとってはこれが超安心アイテムなのである。
まず何より、無難に選ぶことができる。おおむね、どんな体型であっても気にすることなく穿ける。また、体毛が多かろうが少なかろうが、下腹部全体を覆ってしまっているので、見た目では何もわからない。その点において無難すぎるのである。
つまり、若い時代に羞恥心をえらくかき乱された経験から、無難な衣服へ逃げ込む――という心理が働いて8割の男性がトランクスを好む、という表現は不適切であろうか。これなら安心。「恥ずかしい」と思うことこともなく羞恥心が乱されることもない、万事安全だ――。そんなふうにして無難なトランクスへ逃避行した日本人の男性の、心のオアシス。それがトランクスではないのか。
私の海水パンツはカルト?
夏といえば海。海で泳ぎたくなる。
泳ぐため、というか水辺で遊ぶためには、海水パンツ(男性用水着)を穿く必要がある。遠い大昔はアンダーウェアのままでかまわなかった。あるいは裸になって海に潜った。
近頃私は、水辺で遊ぶこと自体すっかり縁遠くなってしまったが、一般的に海水パンツも、トランクスと同様、「逃げの心理」で無難なタイプを選んでいる男性は多いのではないだろうか。
ところでごく最近、衣類の収納ボックスを整理していたら、昔穿いた覚えのある海水パンツが出てきた。突然の邂逅で、私は思わず、おおっ! と驚いてしまった。
おそらくそれは、工業高校を卒業した後の、90年代初頭に買った海水パンツではないかと思われる。これもまた、イトーヨーカドーで買ったのだろうか。
私のおぼろげな記憶は、この海パンで茨城県の大洗海岸で泳いだこと、それともう一つ、沖縄の海でこれを穿いた…ぐらいしかない。もしかするとそれ以外に、何処かのプールに行って穿いたことは、あるのかもしれない。いずれにしても、大して穿いていないのは確かだ。
そんな拙い記憶しかない海パンが、ずっと押入れの収納ボックスで眠っていたわけである。
商品ブランドについては、全く無頓着であった。
いま見れば、奇妙な名のロゴが縫い付けてある。
“UNCLE CLOC’S”
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クエスチョンマークをいくつ並べていいのかわからない。アンクル・クロックス? いったいなんだろう? 見たとおりでは、緑色のワニのようなキャラだ。
さてどんなブランドなのだろうかと調べてみた。するとなんとこれは、1970年代のアメリカのテレビ番組「Uncle Croc’s Block」に由来するブランドだったのである。
アンクル・クロックス・ブロック。
喜劇的な役柄を得意とする俳優チャールズ・ネルソン・ライリー(Charles Nelson Reilly)が、ワニのキャラ=アンクル・クロックを演じ、コミカルなストーリーを展開した子ども向け番組――。『トイ・ストーリー2』などのピクサーのアニメ映画の声優として活躍した俳優ジョナサン・ハリス(Jonathan Harris)も、なんとこれに出演していたのだという。
残念ながら私は、「Uncle Croc’s Block」を当時観たことがなかった。今回初めて、YouTubeの動画を通じてその番組のオープニング映像を観ることができた。動画がそこにアップされている限り、興味のある方は検索して閲覧可能なので試してみてほしい。
当時、これが日本で放映されたという話は確認できなかった。
アメリカのテレビ番組が日本に輸入され、放映されるには、まず何より、本国での高い人気がなければならないだろう。その点において、この番組は評判が悪かった。おおよそ日本の子ども向け番組では考えられないのだけれど、「Uncle Croc’s Block」は、かなり冷淡な趣向のパロディを得意とする番組だったようである。視聴率の低迷で約半年で打ち切り――。今となっては、マニア受けする“カルト番組”ではないか。
まあ、そういうことなのだけれど、私が興味を覚えたのは、当時放送された回のうち、二三、パロディ・キャラで面白そうなのがあって、それは観てみたいと思った。
例えば、俳優リー・メジャース(Lee Majors)がスティーブ・オースティン大佐を演じた、あの懐かしい名作テレビドラマ『600万ドルの男』(“The Six Million Dollar Man”)のパロディとか。これがなんと、スティーブ・エグザーション(大佐?)という名に変わり、タイトルが「6ドル95セントの男」。スケールがだいぶちっちゃくなって、たぶん、ケチな嫌われ男の話か、6ドル95セントのパンツを穿いた男の話に違いない。
それから、ヨギ・ベア(Yogi Bear)のキャラをパロディにした、躁鬱病(!)のクマの「ボギー・ベア」。パロディとしてはだいたい想像がつくので、もうあまり想像したくない。でも観てみたい。
もう一つ、こちらはタフな感じのパロディ。
朝鮮戦争をブラックコメディに仕立てた映画『M★A★S★H』(1970年/ロバート・アルトマン)の同名スピンオフのテレビドラマをパロディにした、タイトルは「M*U*S*H」。もうどうでもいいという感じがする。しかもこれは番組内のアニメ作品だったらしい。視聴率低迷で打ち切り――という運命は必然だったというべきか、妥当だったというべきか。観た人の感想がぜひ聞きたいものだ。
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そういう“カルト番組”のブランド“UNCLE CLOC’S”を、つまりそのワニさんの海パンを、知らずして穿いていたとは、私もイカレポンチと同類なのか。今更ながら、曰く付きの風情を漂わせた禍々しいパンツであったことに驚く。
そういえば確かに、大洗に行ってもあまり泳がなかったし、沖縄では台風直撃で冷ややかな思いをしたのはそのせいなのか…。
誰しもが安心安全なパンツに逃げ込みたがる。それはそれでいい。パンツごときで、人生を無駄にはしたくない。
しかし、どこかのメーカー様が、“UNCLE CLOC’S”の海水パンツもしくはトランクスをライセンス取得してご復刻なさったら?
たまには遊び心が必要で、資本主義の経済理念にばかりかじっていては、世の中はストレスだらけとなってしまう。人類滅亡の転換期まで、まだそこそこ猶予はあるだろう。
であるならば、パンツごときで、いちいち安心安全なんていうな。一気に禍々しい日常と化すことを、私は決して望んでいたりはしないが、適度な息抜きは必要である。パンツで往生したい――。それを面白可笑しく想像して已まないのであった。
次回は、おしゃれをぶっ飛ばして危険な遊びで酩酊するパンツについて語りたい。
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