※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年11月2日付「ジョイスといそしぎ」より)。
『金髪のジェニー』の翌年、千代田学園の芸術専門課程では『花祭りの夜の夢』というミュージカルを東京芸術劇場にて公演しました。これは芥川龍之介「杜子春」が原作。
これらの毎年恒例であった舞台は、演劇・ミュージカル科と生演奏を行う音楽ゼミナール(略して音ゼミ)のメンバーが主体であり、我が音響芸術科のほとんどは傍観者として“観劇にいそしむ”しかありませんでした。
ただし我々はその一方で、まったく別の卒業記念CDアルバムのレコーディングに熱を注いでいたのです。
CDアルバム『collage』。
これについてはブログのエッセイ「アルバム『collage』のこと」を読んでいただきたいのですが、これはもう二度と復刻出来ない貴重な自主制作アルバムなわけです(一般販売していません)。
アルバムの1曲目、「THE SHADOW OF YOUR SMILE」はジョニー・マンデル作曲のスタンダード。私は個人的にこのアルバムの中でいちばん好きな曲であり、優れたアレンジであると思っていて、後年、様々なアーティストによる「THE SHADOW OF YOUR SMILE」を聴いたりしましたが、明るめで軽快なボサノヴァにアレンジされた同曲はどうも毛色に合わず、やはりバラードとしての艶のある『collage』の中の同曲がしっくりくると思いました(卒業生以外、聴くことができないのが本当に残念)。
【アン・バートンの珠玉のアルバム】 |
ただし、「THE SHADOW OF YOUR SMILE」で素晴らしいのは、トニー・ベネットとアン・バートンのヴォーカル。品があって気怠さもある。
さて、連関として話を無理矢理に繋げば、『若い藝術家の肖像』と映画『いそしぎ』の底辺の部分が似通っています。ジョイスはなんとなく宗教的な葛藤や啓蒙を匂わせておきながら、実のところ壮大な交響曲=音楽を描きたかったのではないかと。ジョイスの文体というのは非常に音楽的というか波瀾万丈なところがあります。
『collage』の中の「THE SHADOW OF YOUR SMILE」は、単に誰もが一度聴いたことがあるスタンダード・ナンバーだから収録したのではなく、まさに映画『いそしぎ』の人物達の心理的葛藤をも見事にアレンジに取り込んでいるような気がしました。一言で言って奥が深い。
宗教的にもどれほど寛容であるのか、オランダの文化の深さを私はまだよく知りませんが、アン・バートンが『いそしぎ』の世界に触れて、肉声を解き放った感覚を音楽的表現として我々が聴くことができる瞬間にも、確信を持ってジョイスの文学に近づくことになるのです。
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