かつてジャニーズはメディアの寵児だった〈1〉

【Kis-My-Ft2の「想花」】
 のどかな風景の写真を添えて、演劇人である私の知り合いは、そのSNSでごく最近、SMAPが好きになり、SMAPのアルバムを買い、こんなことを述べていた。――英国にはビートルズがいて、日本にはSMAPがいた――。それとなくこの対照的な歴史的なアイドル史の出来事を、たった一言で的確に表し、「時代のフォークロア」だと述べた。時代のフォークロア…。鋭い指摘である。
 アイドルはその存在を無くしてから、はじめてフォークロアの対象となり、全世界に人物と伝説が拡散されていく。70年代に生まれた私の場合、ビートルズという存在が消えてから、その存在の大きさを知った一人であり、しかるにSMAPもまた、そういう存在であり続けるのだろう。
 アイドルグループへの関心事としては、私は昨年あたりから、徐々に深刻に、Kis-My-Ft2(キスマイフットツー。メンバーは北山宏光、千賀健永、宮田俊哉、横尾渉、藤ヶ谷太輔、玉森裕太、二階堂高嗣)が好きになり、曲を聴くようになった。
 今年のはじめ、「想花」(作詞・作曲:長沢知亜紀、永野小織、深谷天佑、U-KIRIN/編曲:U-KIRIN)を聴き、なんだか言葉にできないような感情のうごめきを覚えた。ある種、特別な想いであった。
 しかしながらそれは、淡く別な思いでうち破られる。先月26日のYahoo!ニュースにて、「北山宏光がジャニーズ退所へ」の報道を知る――。
 翌日(4月27日)発売の雑誌『週刊文春』(文藝春秋)5月4・11日ゴールデンウィーク特大号で、「タッキーの愛弟子 キスマイ北山が退所へ」の記事が掲載された。グループ最年長の北山宏光さんが、昨年秋より事務所との話し合いを通じ、退所することで話がまとまり、退所時期を調整している、とのこと。昨年の10月に事務所を去った滝沢秀明さんとの公私にわたる関係から、退所後のつながりを暗喩する内容であった。
 
【『週刊文春』が報じたキスマイ北山宏光さん退所問題】

ジャニー喜多川の性加害問題

 なんとむなしい作業だろうと思った。一人の男の、身元やら経歴の情報を掻き集め、それを紙に起こし、いま、私はその幾束を、長い時間眺めている。気がつかぬうちに夜が更けていった。だが、酒はいらないと感じた。
 素面で過ごしたい…。とても軽い気持ちで受け止めておこうなんて、思えなかった。
 3月7日、英国の公共放送BBCが、ジャニー喜多川氏の性加害疑惑についてドキュメンタリー番組『Predator:The Secret Scandal of J-Pop』を放送した。少なくともツイッターでは、この情報があちらこちらから駆け巡り、多くの人が知ったのではないかと思われる。
 ただし、主要なメディアの反応はほとんど無に等しく乏しかった(2019年7月、BBCニュースでは、ジャニー喜多川の死去の報道に合わせ、性的虐待を受けた被害者らの告発が繰り返されてきたことも報道。日本のメディアがこれをタブー視して取り上げないことにも言及している)。
 4月12日、ミュージシャンのカウアン・オカモトさんが記者会見(日本外国特派員協会)をおこない、自身がジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)に所属していた2012年から16年までのあいだに15回から20回、ジャニー喜多川氏から性被害を受けたと公表。なしのつぶてだった大手メディアが取り上げだしたのもこのあたりからだ。
 ちなみに同日、共同通信社の取材でジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)が出したコメント(全文)は、以下の通り。
《弊社としましては、2019年の前代表の死去に伴う経営陣の変更を踏まえ、時代や新しい環境に即した、社会から信頼いただける透明性の高い組織体制および制度整備を重要課題と位置づけてまいりました。
 本年1月に発表させていただいておりますが、経営陣、従業員による聖域なきコンプライアンス順守の徹底、偏りのない中立的な専門家の協力を得てのガバナンス体制の強化等への取り組みを、引き続き全社一丸となって進めてまいる所存です》
 5月14日、ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)は、ジャニー喜多川氏の性加害の問題について、文書及び藤島ジュリー景子社長の動画による謝罪を公表した。
 思い起こせばとくに2000年以降、ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)のタレントのグループ解散、退所、不祥事を含めたスキャンダルがめまぐるしくニュースのトピックを駆け巡った。本質的にお家騒動は、単なるお家騒動ではなかったということだ。
 ジャニー喜多川。彼は日本の芸能プロモーターであり音楽プロデューサーであり、実業家である。そして何より知られているのは、芸能プロダクション「ジャニーズ事務所」(現SMILE-UP.)の創業者であることだ。複数の子会社を含めれば、彼が巨大なジャニーズ王国の全権を掌握した支配者だったことがわかる。
 その昔のジャニーズ(現SMILE-UP.)のアイドルグループ、“フォーリーブス”のメンバーだった北公次さんが、暴露本を書いて出版され、ジャニー喜多川氏の性加害が公表されたのは、もうかれこれ35年前の1988年で、私は当時高校1年生であった。
 幼年の頃にテレビスターだった北さんが、そんな暴露本を出したことに驚いたといえば驚いたのだが、その内容についてとくに知りたいとも思わず、なんとなくジャニーズ(現SMILE-UP.)の社長はきな臭い人なんだな、という雑感だけが記憶に残る瑣末であった。
 そもそも一方的な暴露本という形での、事実の信憑性という観点において、北さんの暴露話を全面的に信用していいものか、という疑念もあった。
 むしろあの頃は、世の中のドス黒い、疑惑だらけの政治ネタなどが蔓延っていたりして、一人の芸能プロモーターの一疑惑なり疑念が、どれほど深刻な問題であるかなど、高校生だった私の稚拙な社会的認知力や感性では、とても判断できるわけがなかった。
 このことはずばり、未成年者の性的虐待の被害者が、大人である加害者の行為をおおらかにとらえ、自分がされたことは大したことではないのではないかと思ってしまうこととよく似ている。相手が大物の権力者であればあるほど、自発的な判断は誤りがちだ。
 北さんの暴露本以降、ジャニー喜多川氏の性加害疑惑に対する私自身の認知は、90年代半ば以降のインターネット黎明期における、2ちゃんねる(匿名の掲示板サイト)の存在によって明瞭さを帯びてくるのであった。
 
【2023年5月13日付朝日新聞朝刊「ジャニーズ性被害告白 カウアン・オカモトさん」】

キスマイと郷ひろみさん

 正直に申し上げて私は、今年の初め、目覚ましい成長を遂げたKis-My-Ft2の「想花」の曲について、そして70年代のジャニーズ旋風の貢献者である、往年のアイドルだった郷ひろみさんの懐かしい曲「林檎殺人事件」について、自身の思い出とともに存分に語るつもりであった。
 だがいまは、ただ怒りがあるだけだ――。
 むろんこれは事実認定されるべき犯罪なのだが、全ての不穏な疑惑が、彼らの輝いていた時代を奪いとり、黒い陰によって脅かされてしまっているというのは、不条理であるという以外なにものでもない。彼らの栄光は、彼らのものであるべきではないのか。
 こうして私は、ジャニー喜多川氏の一連の性加害の問題にふれなければならなかった。「ジャニーズ事務所」(現SMILE-UP.)誕生の発端からして、初代ジャニーズ(真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、あおい輝彦)に忍び寄る性的加害における因縁、そのあたりから始まって、21世紀を超えてさらなる繁栄の時代を築いたジャニーズ王国数度目の黄金時代の、その若き所属タレントたちも同様に、彼の悪徳な汚れた刃によって、自らのタレント生命が断たれつつあるというのは、許しがたい人権問題である。本当に、こんなことがあっていいのだろうか。
 あの頃、あの時、北さんは、何を世間に訴えようとしていたのか。もう一度知る必要がある。
私の関心は、まずそこに注がれた。次回は、80年代の北公次さんの暴露本にまつわる話をしてみたいと思う。
 まことに勝手ながら、キスマイの「想花」より、私の好きな歌詞の一節を以下、掲載させていただく。
《どうか未来が 永遠に咲きますように
同じ空見上げて 想っているよ
花びら舞い散る 季節巡るほどに
大切なあなたと 想い一つ
「また明日」言えるなら 幸せ》
 〈2〉に続く。
追記:6月7日、ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)は、Kis-My-Ft2のメンバーで所属タレントの北山宏光さんが、8月31日をもって退所する旨を公式サイトなどで発表。事務所の公式サイトでは、北山さんからのメッセージ及び6人のメンバー(千賀健永、宮田俊哉、横尾渉、藤ヶ谷太輔、玉森裕太、二階堂高嗣)のメッセージが掲載されていた。

追記:10月7日現在、確認したところ、ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の公式サイトには、Kis-My-Ft2のメンバーによるメッセージは削除され、存在しません。

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