人新世のパンツ論⑮―編集後記・レナウンのワンサカ娘

 昨年の11月より開始した「人新世のパンツ論」シリーズは、およそ10か月間、不定期連載を続け、先月14回目の「人新世のパンツ論⑭―最終回・愛しきフンドシは二度ベルを鳴らす」で無事に脱稿することができた。振り返れば、平易なパンツ論でありつつ、少し過激な志向にも傾斜した部分があって恐縮する次第なのだが、読者様の温かい眼差しと声援に支えられ、手前味噌ながらどうにか有終の美を飾ることができ、胸をなで下ろしている。誉れの祝酒が飲みたいところである。
 ずいぶんと堅苦しい挨拶ではないか…。

へんしゅうこうき

 7年前、例えば神田の「和洋古書展」の目録の中で、“屁と褌 裸本”などと記された本を見つけ、思わず腹を抱えて笑ってしまったくらいに当時の私は、下着(パンツ)に関して無知であった。いま、あの本を書き下ろした著者(=福富織部)の存在を知っている。少しばかりの進歩であるけれども、パンツはとても大事なものなのだということを理解したつもりである。
 翻って自らパンツを穿き、そのエピソードを綴る――。そういうパンツ語りのコンセプトを思いついたのは、もうかれこれ10年以上も前のことだ。おそらく、写真家・五味彬氏の“YELLOWS”シリーズの影響があったのだと思う。
 ただしその頃は、まだまだ企画として実現できなかった。知見が足りず、技術的な問題点もあり、心理的な反動がいちばん大きかったのだ。自分のパンツ姿を晒すなんて恥ずかしい…不謹慎だと――。ここにそれが実現できたことは、自分としても驚異なのだけれど、何かがはち切れたようだ。達成感がある。しかしやはり、エライものを見る“眼差し”として辛抱強い、読者様のご厚意の賜物なのである。

 撮影で使用したカメラは、Panasonic DC-S5M2K。レンズはLUMIX S 20-60mm(F3.5-5.6)。これがまことに優秀なデジタル一眼カメラ(フルサイズミラーレス)で、なんと「DGP Imaging 2023」の写真撮影部門で金賞を受賞しているほどの達者なカメラだ。描写力が抜群である。記録フォーマットはRAW。Photoshopでディテールを整えて現像。これに多少のフィルター効果などを施して、肌とパンツの質感が映えるようにした。
 しかし残念至極なことに、モデル自身が“冴えない男”(=青沼ペトロ)なので、〈もっと若くて体格の良いモデルさんでパンツを撮ってください!!!〉などという苦情というか悲鳴に近い要望に応えられなかったことは、どうかご勘弁願いたい。
 へんしゅうこうき、いや編集後記はここまでである――。

ざっくばらんな新たな決定?

〈ここから下の内容は、個人的な話で、くだらない駄文雑文のたぐいをグダグダだらだらと並べているだけなので、読まなくてかまいません。PDF化もしくはプリントアウトしなくて結構です〉――。

 そんなふうにして終わるつもりだった。だがちょっと考え直したのである。これまでの14回で、敢えなくボツにしてしまったパンツ関連のテーマなりモチーフなりを、特別編という形で投稿できないかと…。

 例えば、槇原敬之さんの音楽アルバム『UNDERWEAR』のこと。RADWIMPSの『25コ目の染色体』。これらはディスクのジャケットがなんとパンツ(姿)なのである。それから、“スキャンティ”で知られる下着デザイナー鴨居羊子さんの『女は下着でつくられる』の話。さらには森鷗外の『ヰタ・セクスアリス』。三島由紀夫の『午後の曳航』。フランスの画家ジョルジュ・ビゴー(Georges Ferdinand Bigot)が明治期の日本人のフンドシ姿を多く描いていること、などなど。
 映画『スタンド・バイ・ミー』でのシーンで、少年たちが深い水溜りにはまり、薄気味悪いヒルが体中にへばりついた白いブリーフ姿の話などもしたかったが、これもボツにしてしまった。なので、勝手な変更ということになるのだけれども、特別編をあと4回ばかり書こうかと思っている。パンツの話がどうしてこんなに長くなっていくのか、実に不思議なことだ。

レナウンのパンツとワンサカ娘

 これもボツにしていたどうでもいい話の1つ――。
 「人新世のパンツ論⑥―虎の尾を踏むパンツ」では、なんとも貴重な昭和時代のパンツを紹介し、遠く昔のおしゃれについて思いを馳せた。女性週刊誌『女性セブン』昭和50年7月2日号に掲載された企画記事「あなたの彼にいかがですか?」である。

 レナウンの若手社員さんたちが、自社のパンツを穿いて披露していたのをご覧になっただろうか。レナウンにしては意外と白いパンツが目立ち、地味な印象を受けたのも確かだ。あれを投稿してから数か月後、思いがけず私も実物の「昭和期レナウン」のパンツを入手することができた。たぶんレナウンさんが称するところの、スキャンティだと思われる(上画像)。
 入手した際、相当古い「イエイエ」(昭和40年代前半)のニット(=女性用のワンピース)もフリマサイトで出回っているのを発見して驚いた。それから、あの当時のボンネルの糸素材も見かけたのでびっくり。ちょっと興味本位で入手したかったのだが、パンツと関係ないので自主規制した次第である。

 穿いてみれば、「昭和期レナウン」の貴重な香りがした。数十年以上眠っていたパンツさんが突然開封されて、どこの馬の骨ともわからない男に穿かれてしまった――ということになるのだけれども、私自身はまことにこの上ない幸福感を味わうことができた。なぜなら、憧れのレナウンだったからだ。

 レナウンといえば、「ワンサカ娘」である。

 昭和36年に初めて「ワンサカ娘」のコマーシャルソングがテレビで流れ、それ以来、長年、数々の歌い手さんがこれをカヴァーして一世を風靡した。かまやつひろし、デューク・エイセス、ジェリー藤尾と渡辺トモコ、弘田三枝子、シルヴィ・ヴァルタン、ヒデとロザンナ。作詞作曲は、小林亜星さんである。
 何を隠そう「ワンサカ娘’78」のEPレコードを、私は所有している。A面は英語ヴァージョン、B面は日本語ヴァージョンとカラオケ。歌っているのは、ブロンド・オン・ブロンドという英国の金髪女性デュオ。
《CMソングの決定盤! ブロンド・ヘアーのデュオ、「ブロンド・オン・ブロンド」が歌う、レナウン/ワンサカ娘’78年度版! 英語盤、日本語盤、カラオケを含む3曲入りシングル。あなたも一緒に歌いませんか!?》

 ピラミッドを模した背景にブロンド・オン・ブロンドの二人がポーズをキメたジャケット。この裏側のジャケットは、“日本語盤、カラオケ”という体裁になっている。

 ところがちょっと驚くことに、裏側のジャケットの方はこのお二人さん、なんとも元気よくレース越しではあるが豊満な乳房を露出してしまっているのである。その乳房を凝らして見れば、かわいらしいぽちっとした乳首も見えてしまっていて、なんともいいようがない。
 こんなジャケット、黙っていたら誰にもわからないだろうが、当時はこうしたお色気路線ありありだったのだろう。これをまさに、エロジャケという。
 ちなみにブロンド・オン・ブロンドという名は、ボブ・ディラン(Bob Dylan)の1966年(?)のアルバム『ブロンド・オン・ブロンド』(“Blonde on Blonde”)でも知られる。が、おそらく、そちらとはなんの関係もないと思われる。

 肝心の「ワンサカ娘’78」のコマーシャルを見てみたら、ビジュアルでいかんなくレナウンらしさを放出させていた。期待をしては困るのでいっておくが、乳房や乳首は出ていない。裏ジャケのみのご提供である。

 異星のシチュエーションでデュオの二人がレーザー銃を片手に持って踊る…。踊るのはいいが、レナウンのお洋服はどこへいった? といったぐあいに印象が薄く、しかるにこの商品を売ろうという戦略のコマーシャルではない。
 こういっちゃなんだが、ヘタクソなブロンド・オン・ブロンドの歌で安っぽいサイエンス・フィクション風にあっちゃこっちゃダンス・パフォーマンスを披露するこの「ワンサカ娘」のコマーシャルは、見てる側の脳みそがアポトーシス(細胞の自然死)しそうである。途中でスター・ウォーズばりの“光線劇”が始まってさらにキテレツぶりを発揮してくれるご愛嬌。たぶん私はこのコマーシャルを、小学1年生くらいの時に見たはずだが、その時の脳内は平気だったのだろうか。いや、これのせいでちょっとばかり、私の頭は足りなくなっていた…かもしれない。

 レナウンは当時、テレビ朝日系列の「日曜洋画劇場」(解説は淀川長治)のスポンサーであり、映画狂だった私は、否が応でもそのレナウンの、へんてこなコマーシャルの数々において、服飾メーカーの卓出する存在感を逐一インプットしていたのだった。「日曜洋画劇場」の映画の解説者は、映画評論家の淀川長治氏である。彼の程よくまろやかな口調が、番組の真骨頂であった。その他のスポンサーは、サントリーやネスレ日本。この頃のコマーシャルはどれも味わいがあり、懐かしくそれを記憶している。

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 ということでお知らせしたとおり、「人新世のパンツ論」は特別編という形で、もう少し続きます。次回をお楽しみに。

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