ウズミビ

【ウとワイの漢字】
 中学音楽の教科書に出てきた雅楽「越天楽」に関連して、その雅楽なるものを少しばかり調べているうち、たけかんむりに“于”と書いてウと読む漢字に出くわし、不明だったので、『岩波 新漢語辞典』(第三版・岩波書店)を開いた。
《長短の竹管を三十六本(後には十九本)並べ合わせた笛》と記してあって、「笙」の一種だという。これには現代雅楽やら黛敏郎氏が関わってくるようで興味深いが、詳細は割愛する。ここでは雅楽の話ではなく、辞典の話をしたい。
 そのウと読む漢字を、何気なく書き綴っているうちに、いつのまにか「芋」になってしまっていて、思わず自分で笑ってしまった。
 同じ“于”に片方はたけかんむり、もう片方はくさかんむり。とてもよく似ている。台所の灯油ストーブでアルミホイルに捲いて焼きを入れているサツマイモが、しゅうしゅうと音を立てていたから、つい頭の中で「芋」になってしまったのだろう。
 高校1年の時、その工業高校の国語の授業では、工業高校だからといって手先の機械だけでなく日本語をきちんと学べ、ということをくどくど教えられ、先生から岩波の国語辞典を薦められたことがある。次第に先生の言っていることに溶け込み、私はそれを真似して、買って自分のものとした。ちなみに先生の持っていた岩波はボロボロであった。
 ただ、漢和辞典の方はというと、先生は別に何も薦めなかったので、好きなのを買った。青色の装幀の『旺文社 漢和辞典』(改訂新版・旺文社)である。巻頭に万里の長城や兵馬俑の写真が載っていて、自分では気に入った漢和辞典となっていた。
【『岩波 新漢語辞典』(第三版)】
 もしかするとその国語の先生に出逢わなかったら、日本語の面白さや小説の深みなど、理解する余地はなかったかも知れない、と思う。
 いつも岩波国語辞典を片手に持っていたから、“イワナミ先生”と生徒から揶揄されたその先生からは、小学校でやめていたのではもったいないから剣道部に入って剣道を続けろと、何度も剣道部の入部を催促された。イワナミ先生はその剣道部の顧問だった。一度、部の稽古を見学させられたが、催促のたびに私は断り続けた。
 その先生はあっけなく他の学校へ転任となり、なんとなく気持ちが穏やかになったものの、その後の2年間の国語の授業は、私にとって打って変わって平凡な、何一つ風の吹かないつまらないものとなってしまった。イワナミ先生が懐かしい。
 そんなことを思い出しながら、『岩波 新漢語辞典』に読み耽った。漱石の全集やその他の小説に夢中になる時、この手の辞典にいつも扶けられている。
 「うずみび」という漢字がある。音読みでワイ。〔火〕偏に畏と書く。埋火の意で、灰に埋めた炭火のことらしい。芭蕉の句にもあるようだが私は詳しく知らない。辞典に接していると、突然こういう漢字、というか言葉を見つけることができるから、心がつい弾んでくる。
 炭火というのだから、落ち葉を集めての“焼き芋”は、これに当たらないのであろうか。そうだ、イモを食うところだった…。

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