1981年アメリカの映画館事情

 映画に関する個人的な備忘録として、短めに雑文を残しておきたい。テーマは、1981年のアメリカ(とくにシアトル周辺)の映画館事情に関してである。

ハリウッド映画産業の浮き沈み

 月刊誌『キネマ旬報』(キネマ旬報社)2023年9月号に、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏のインタビュー記事が掲載されていた。タイトルは、「著者に聞く 宇野維正『ハリウッド映画の終焉』」。宇野氏の著書『ハリウッド映画の終焉』(集英社新書)に関するトピックである。
 宇野氏は、2020年代のハリウッド映画界ビジネスの兆候が、もはや「終焉」という言葉で踏み込むくらいに危うくなってきたことを述べ、それについて言及している。尤も、2ページほどのインタビュー記事だから、本の内容の要約程度にしかすぎない。

【『キネマ旬報』2023年9月号より宇野維正インタビュー記事】

 このインタビューで彼は、ハリウッド映画産業は、これまで何度となく“危機の浮き沈み”を経験し、その都度回復期があったことを述べている。
 これに関して質問者が、《産業的危機の反映としてのニューシネマから、ルーカス=スピルバーグの台頭で大作路線が息を吹き返したり》と補足がてら、80年代前半から中期にかけての史実に触れている。たいへん興味深い話である。

 この件に関する証左は、どこかにあるのだろうかと探しあぐねていたところ、偶然ながら見つけることができた。
 同誌『キネマ旬報』の1981年10月号に、記者で映画評論家・北島明弘の「アメリカの映画館事情」というテクストがあった。このテクストは、そのものずばり、81年当時のアメリカの映画館事情について、現地ルポルタージュの調子で述懐した貴重な証拠となるだろう。

 その内容を、以下、かいつまんで記しておく。
 ――今夏(1981年)、西海岸のシアトル(当時人口49万人)に滞在した。夜は映画を愉しんだ。
 アメリカの映画館は、どこの都市や町でも、ダウンタウンに集中している。ドライヴ・イン・シアターの数も多い。
 シアトルの映画館の数は、郊外を含めると、76館ある。封切館や二番館、三番館とあって、商業的にはふるわない芸術映画や非英語圏の映画も上映しており、日本の現状と比べると羨ましい。こうした映画館の観客層は学生が主で、例えば、シアトルならワシントン大学、サンフランシスコならバークレーといった学生街の劇場でやっている場合が多い。
 そのほか、チャイナタウンでは中国語映画の専門館があったり、南西部諸州にはスペイン語映画館が少なくない。

 切符売り場が開くのは開演の15分くらい前で、封切館では正午から1回目が始まり、最終は21時半頃。ダウンタウンを離れた映画館では、19時から始まり、2回の上映で終わりの館もある。
 料金は一般4ドルが平均で、5、6年前はその半分だった。学割の適用はほとんど無し。高齢者の割引というのは多い。
 場内にテレビやゲームマシンのたぐいは置いていない。館内のファストフード店で売っているのはコーヒー、コーラ、ソフトドリンク、ホットドッグ、ポップコーンくらい。ほとんどの観客がポップコーンを買って食べる。だから場内は、ポップコーンの匂いが立ち籠めている。本篇に先立つコマーシャルの上映も、ほとんど無い。

 この数年(1981年以前)は、アメリカの映画産業の落ち込みがひどかった。MPAA(アメリカ映画協会)の調べでは、映画人口は減少の途をたどり、78年が10億5千万人、79年が10億4千万、80年が9億5千万。さらに今年は厳しい。
 古い映画を上映する良識的な映画館は少なくなり、「成吉斯汗の仮面」をやっていた劇場は、10日後に閉館された――。
 以上、北島氏の記述に拠る。

【『キネマ旬報』1981年10月号、北島明弘「アメリカの映画館事情」】

80年代はルーカス=スピルバーグの時代

 参考までに調べると、スピルバーグはこの年、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』を公開している。主演はハリソン・フォードとカレン・アレン。翌年には『E.T.』を公開。インディ・ジョーンズシリーズの2作目『魔宮の伝説』は84年。85年には『カラーパープル』と続き、どれもこれも大ヒット作ばかりである。
 ルーカスは、80年にスター・ウォーズシリーズの『帝国の逆襲』、83年に『ジェダイの復讐』(現・ジェダイの帰還)を製作。80年代の映画界は、まさに彼らの時代であった。

 これらを総合して、ニューシネマ時代からルーカス=スピルバーグの台頭にいたる、ハリウッド映画産業の浮き沈みがうかがえると思えるが、どうだろうか。

成吉斯汗の仮面について

 ところで、「成吉斯汗の仮面」ってなに??
 と頭をもたげたので、ついでに調べてみたら、成吉斯汗はジンギスカンのこと。チャールズ・ブレイビン監督の1932年公開の映画『ジンギスカンの仮面』(The Mask of Fu Manchu)のことだった。

 ここで私は驚いてしまったのである。
 以前より、寺山修司と万有引力の演劇作品関連で怪人フー・マンチューの名は知っていたのだが、それのことだったのかと…。
 しかもこの映画、女優マーナ・ロイさんが出演しているではないか。
 怪作というべきか奇作というべきか、愚作なのかどうかは現時点でまだ観ていないのでわからないが、とにかく“語られない映画”(語りたくない映画とも?)の一つであり、北島氏が述べた、この古い映画をやっていた映画館が10日後に閉館となった――という意味がよくわかった。

 アメリカ映画に関する個人的な備忘録はここまでとする。

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